ミラノ・コルティナパラリンピック 吉川守選手が大けが乗り越え挑む集大成の舞台
6日に開幕するミラノ・コルティナ冬季パラリンピックにおいて、パラアイスホッケー日本代表が2大会ぶりの出場を果たす。チーム最年長のフォワード、吉川守選手(56歳)は、1998年の長野大会以降、日本が参加する6大会全てで代表に選ばれてきたレジェンドである。一度は代表引退を表明し、その後大けがに見舞われたが、それを乗り越え、「集大成」と位置づける大舞台に臨む。
バイク事故からパラアイスホッケーとの出会い
吉川選手は18歳の時にバイク事故に遭い、左足と左手に障害が残った。リハビリを通じて様々なパラスポーツに取り組む中で、最も夢中になったのがパラアイスホッケーだった。選手同士の激しいコンタクトから「氷上の格闘技」とも呼ばれるこの競技に魅了され、1994年に設立されたクラブチーム「長野サンダーバーズ」でプレーを始めると、すぐに頭角を現した。
長野大会で代表入りを果たし、2010年のバンクーバー大会では攻撃の要としてチームを銀メダルに導く活躍を見せた。しかし、日本が2022年の北京大会出場を逃した後、「区切りをつけよう」と代表引退を発表した。
引退からの復帰と大けがの試練
選手として現役を続けながら若手の指導に当たっていた2023年、吉川選手は代表監督に復帰した中北浩仁さん(62歳)から「帰ってこい」と声を掛けられた。中北さんは前回監督を務めた2002年からの17年間、組織的なプレーやポジション取りなど競技の奥深さを吉川選手に教えてきた恩師である。その請いを受け、吉川選手は再び日の丸を背負う覚悟を決めた。
中北監督は「まだやりたい顔をしていた。若い選手たちが大会の雰囲気にのみ込まれないように、メダリストとして経験を伝えてほしい」と期待を寄せていた。しかし、吉川選手は復帰直後の強化合宿で右の大胸筋を断裂するアクシデントに見舞われた。パラアイスホッケーは両手に持つスティックを駆使する競技だが、事故で左手の握力が低下していた吉川選手にとって、右手一本でプレーしてきた中で、この大けがは選手生命に関わるものだった。
リハビリを経ての復帰とチームへの貢献
それでも吉川選手は「これで復帰できたら自信になる。一つのドラマを作れる」と自らを鼓舞し、1年以上に及ぶリハビリを経て、昨年1月の国際大会で見事に復帰を果たした。現在、チームは若手とベテランのバランスが取れた構成となっており、吉川選手はエースに成長した若手選手を休ませる間、失点を防ぎながら得点も狙う重要な役割を担っている。
吉川選手は「みんなが氷の上で自分を表現できれば、結果は自然についてくる」と信じており、チームの結束を高めている。日本代表は16年ぶりのメダル獲得を目指し、7日のグループリーグ初戦でチェコと対戦する予定だ。
この大会は、吉川選手にとって長年のキャリアの集大成となる舞台であり、ファンや関係者から大きな注目を集めている。彼の不屈の精神と経験が、チームにどのような影響を与えるかが期待される。



