亀田誠治、早稲田大で友達2倍に 中退せず5年で卒業
亀田誠治、早稲田大で友達2倍に 中退せず5年で卒業

音楽プロデューサーで日比谷音楽祭実行委員長の亀田誠治氏が、自身の東京での歩みを振り返る連載の第3回。今回は早稲田大学時代のエピソードを中心に語る。

タモリ氏に憧れて早稲田大へ

亀田氏が早稲田大学に進学した最大の理由は、タモリ氏が大好きだったからだという。ほかにも大橋巨泉氏や寺山修司氏など、日本を幸せにしている錚々たる人々が早稲田を中退していることに魅力を感じた。「俺も早稲田を中退すればプロにいち早くなれる」と考えたのだ。中学の卒業文集には「10年後、武道館で会おう」と書き、既にプロのミュージシャンになる決意を固めていた。

サークルに失望、学外でバンド活動

入学式後、有名な音楽サークルの新入生歓迎会に参加したが、飲み会ばかりで音楽のうんちく話に失望。学外で地元の仲間とバンドを組み、オーディションに応募したりライブハウスで演奏したりした。ベースの猛練習に没頭し、大学にはほとんど行かず1年目から留年。中退も考えたが、入学時の1年生と留年した2回目の1年生、それぞれの外国語のクラスで素晴らしい仲間に恵まれ、今も親交が続いている。結果的に友達が2倍になり、5年間かけて卒業した。

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デビューへの道のり

就職活動は一切せず、ベースや作詞作曲に励む日々。しかし卒業までにプロにはなれなかった。自作の曲が受賞し、デビュー話は何度もあったが、担当者に会うと「デビューさせたいのはボーカルの彼女だけ」「ドラムのイケメンをビジュアル系バンドに入れたい」「亀田君は今回はお引き取りください」と言われた。バンド仲間が次々とデビューする中、こうした経験が5、6回続いたという。

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