戦争の傷が家族をむしばむ、世代を超えた苦悩の記録
我が子への虐待、妻への暴力、母からの束縛――。自らの生きづらさの根源を探り、たどり着いたのは第二次世界大戦に出征した亡き父や祖父の存在だった。そんな男女3人の歩みを中心に、戦争トラウマによる苦悩と希望への道程を描いたドキュメンタリー映画「父と家族とわたしのこと」が2026年3月14日、公開される。
精神科医との出会いがきっかけ、沖縄戦のトラウマに衝撃
監督の島田陽磨さん(50)は、この作品がドキュメンタリー映画監督として3作目にあたる。戦争による心の傷をテーマに選んだきっかけについて、島田監督はこう語る。
「2024年に公開した前作『生きて、生きて、生きろ。』の制作で、東日本大震災による原発事故から13年たった福島を取材する中で、精神科医の蟻塚亮二さんと出会いました。沖縄戦によるトラウマに今も苦しむ人々がいることに深く衝撃を受けたのです」
戦争が終わっても、極限状態を体験して傷ついた精神は、アルコール依存や家族への暴力などとして現れ、世代を超えて連鎖し、新たな苦悩や生きづらさを生み出す。こうした実態は驚くほど知られていないと島田監督は指摘する。
沖縄戦も含む戦争によるトラウマという視点で捉えた記録を、敗戦から80年という節目に残したいという思いが制作の原動力となった。
語りに徹した撮影、なかったことにされてきた声を拾う
映画では、復員した今は亡き兵士の娘、息子、孫娘を中心に、暴力など壮絶な体験が語られる。撮影は2024年春に始まり、月に1~2回のペースで行われた。
島田監督は撮影手法について次のように説明する。
「テレビのドキュメンタリーでは狙いに沿った質問が多いですが、今回は意図的な質問をせず、語りに耳を傾けることに徹しました。本人のありのままの姿、内から発せられる言葉を捉えたかったのです」
敗戦から約80年を経て、兵士の子の世代は人生の最終章に近づき、孫は我が子を持つ年代になった。父が出征した市原和彦さん(74)は「言いたくなくても言わなければ先に進めない。やっぱり語らなきゃ」と語る。
出演した家族には、なかったことにされてきたことを知ってほしいという根本的な思いがあった。しかし、周囲も国も耳を傾けようとしなかった。社会的に切り捨てられてきた人々のささやかな抵抗にも見えるという。
戦後社会が隠蔽した心の病、国家の責任と向き合う必要性
戦争当時、軍は「皇軍に軟弱な兵士はいない」という考えから、精神疾患がある復員兵の存在を隠蔽したとされる。「正義の戦争」から民主主義へ価値観が一変し、精神疾患への差別もあった。
復員兵は自身のことを語らず、家族も心の病を「恥」とする風潮の中で口をつぐんだ。国も復員兵やその家族らの心の傷のケアに正面から向き合おうとしてこなかった。
島田監督は危機感をこう表明する。
「戦争による傷が見過ごされ、語られず忘れ去られることへの強い危機感があります。この映画は、その記憶を風化させないための一つの試みです」
現代社会への警鐘、耳当たりの良い言葉に流されない思考を
今、映画を世に出すことの意味について、島田監督は現代社会の風潮に警鐘を鳴らす。
「外国人を排斥する言動や、中国や韓国に対するヘイト的な言葉が聞かれます。勇ましく、好戦的な言葉に拍手喝采する風潮に危うさを感じます」
「強い日本」が強調されるが、それはコミュニティーが弱っている裏返しではないかと指摘。人とのつながりが薄れ、生活も楽ではない中で、強さにすがりたくなる心理があるという。
しかし、その強さは外に敵を設定しており、互いに支え合う意味での強さではない。武力としての強さが表れかねないと危惧する。
島田監督は観客にこう呼びかける。
「私たちにできることは、耳当たりの良い言葉に安直に引かれるのではなく、一つ一つの事実を見て思考する力を持つことです。この映画も事実を積み上げて制作しました」
映画の後半では、登場人物たちが様々な角度から自身を俯瞰して見つめ、個として立ち上がっていく様子が描かれる。この変化は予期せぬものだったという。
普遍的な人間の営みとして、家族の問題や生きづらさ抱える人々へ
この映画は特定の主義主張を伝えるものではないと島田監督は強調する。戦争で後の世代に何が起こるか、人間の営みそのものを描いている。
「戦争に関わりがなくても、家族の問題や生きづらさを抱える人々にも作品が届いてほしいと思います。これは戦争トラウマに限らず、様々な苦悩を抱えるすべての人々へのメッセージでもあります」
作品の主な内容と公開情報
映画では、シベリアで抑留され復員した亡き父から虐待を受け、自身も娘に手を上げた苦悩を抱える藤岡美千代さん(67)。復員後に亡き父が母に放った「この淫売女が」という言葉に傷つきながらも、自身が亡き妻に暴力をふるったことを悔いる市原和彦さん(74)。そして、復員した亡き祖父から虐待を受けた母の「支配」の影響で複雑性PTSDを抱える佐藤ゆなさん(仮名、30代)の3人の歩みを軸に物語が展開する。
一方で、戦地で殺害した人の亡霊に苦しむ元兵士の証言映像や、戦中に陸軍の精神疾患の病院に入院した兵士の病床日誌のコピー、戦争の心の傷が暴力の連鎖につながるとする専門家らへのインタビューなど、客観的事実も手厚く紹介されている。
これにより、登場人物だけではない普遍的な問題であることを示唆するとともに、戦争に翻弄されても立ち上がろうとする人々の苦悩と希望を浮き彫りにする。
3月14日からポレポレ東中野(東京都中野区)で公開され、島田陽磨監督や出演者らのトークイベントも開催される。3月28日には第七藝術劇場(大阪市)など、全国でも順次公開が予定されている。
島田陽磨監督の経歴
島田陽磨(しまだ・ようま)氏は1975年、埼玉県生まれ。ドキュメンタリー監督、日本電波ニュース社ディレクター。1999年に早稲田大学教育学部を卒業後、同社に入社。国内外の報道番組を制作する一方で、北朝鮮と日本に引き裂かれた姉妹の再会を描く「ちょっと北朝鮮まで行ってくるけん。」(2021年)、震災と原発事故から13年後の福島で心の病に苦しむ被災者とそれを支える医療従事者らの姿を捉えた「生きて、生きて、生きろ。」(2024年)の監督を務めてきた。



