全てが病気に支配される生活、それでもアイドルが活動を続ける理由
新潟市を拠点に活動するアイドルグループ「NGT48」の喜多花恵さんは、高校時代に不登校を経験し、体も弱いという持病を抱えています。そんな彼女が今、2026年3月に予定されている東京マラソンの完走を目指して、日々練習に励んでいます。喜多さんは「希望がなければ、生きていけない」と語り、その言葉の背景には深い葛藤と決意が込められています。
持病との闘いと日常生活の制約
喜多さんは中高生時代から、人が集まる場所に行くとおなかが痛くなるという持病に悩まされてきました。この症状は、単なる緊張ではなく、通院や服薬が欠かせないほど深刻なものです。食事は決まったものしか食べられず、洋服選びにも制約があります。おなかを締め付けられないため、私服はもっぱらワンピースで、自宅ではズボンをはけないことさえあるといいます。
「病気を乗り越えて」や「病気とともに」といった前向きな言葉よりも、「この病気がなかったなら……」と考えてしまうことが多いと喜多さんは告白します。生活の全てが病気に支配されていると感じ、つらい日々を送っているのです。しかし、その支配から必死に逃げようとする彼女の姿には、強い意志が感じられます。
東京マラソンへの挑戦と練習の日々
東京マラソンに挑戦すると決めてから、喜多さんは多くの時間をランニングに費やしています。新潟市内は雪が積もることも多い厳しい環境ですが、運動経験ゼロの彼女は、フルマラソン完走に向けて地道な練習を続けています。練習は基本的に夜、人通りが少なくなってから行います。これは、街を走る際の迷惑を避けるためであり、また、容姿に自信がなく常にメイクをしていたいという気持ちから、汗をかくランニング前にメイクする気が進まないという理由もあります。
週5回、1日30分から1時間の練習を淡々と続ける喜多さん。一人で黙々と取り組むことが性に合っているのか、苦痛ではなく、むしろ充実感を感じているようです。さらに、新潟アルビレックスランニングクラブが主催するスクールにも参加し、ランナーとしての仲間と出会うことで、新たな環境を楽しんでいます。
アイドルとしての理想と現実のギャップ
喜多さんは、アイドルとして新潟に来たものの、生活は苦しいものだったと振り返ります。かわいい衣装を着てステージに立ち、多くの観客に喜んでもらいたい、好きなテレビ番組に出たいという夢を抱いていました。しかし、現実は厳しく、ダンスも歌も得意ではない彼女は、同期の中でも後ろの端が定位置で、テレビ番組のロケにもなかなか参加できませんでした。
「花恵ちゃんって武器がないよね」と言われたこともある喜多さん。自分には何もないと自覚する中で、長距離走に挑戦したいという一言が、知らないうちに大きなチャンスへとつながっていきました。この連載や劇場での宣言も、逃げ道を断ち、前進するための決意の表れです。
ランニングを通じて見いだした希望と自信
2026年1月下旬、雪の積もる新潟市内を走る喜多さんは、練習の成果を実感し始めています。NGT48劇場の10周年公演前は練習時間が取れず焦りを感じていましたが、本番まで2か月を切った頃、15キロ走ってみると足が軽く、その後20キロを走りきることに成功しました。心地よい疲労と達成感、そしてまだ先に行けるという高揚感が湧き上がってきました。
運動経験のない彼女が、マラソンの「半分」まで走りきったことは、確かな自信につながっています。少し休んだとしても、それまでの努力が無駄にならないと気づき、目標に向かって道を踏みしめている充実感に包まれています。喜多さんは「希望がなければ、生きていけない」と語り、その希望をランニングに見いだしながら、今も生きる力を奮い起こしているのです。
プロフィール: 喜多花恵(きた・はなえ)2003年9月9日、神奈川県出身。2022年6月にNGT48の3期生として加入。正規メンバー昇格は2024年12月。趣味は「アイドル鑑賞」「メイクの研究」など。



