NGT48喜多花恵、持病とけがを乗り越え東京マラソン完走「誰かに勇気を与えられることもある」
NGT48喜多花恵、持病乗り越え東京マラソン完走 (08.03.2026)

NGT48喜多花恵、持病とけがの壁を越えて東京マラソン完走を達成

新潟市を拠点に活動するアイドルグループ「NGT48」のメンバー、喜多花恵が3月1日に開催された東京マラソンに挑戦し、見事に42.195kmのフルマラソンを完走した。持病や直前のけがなど、多くの困難を抱えながらも、誰もが不可能だと思った挑戦に立ち向かった彼女の結末は、感動的なものとなった。

直前のけがと持病という二重のハードル

東京マラソンの約1か月前、喜多は練習のしすぎで膝を痛め、病院で膝蓋腱炎と診断された。医師からは「日常生活でも負担をかけないように」と注意されるほど症状は深刻で、痛みは次第に強まっていった。焦って練習を再開すると痛みがぶり返すこともあり、2月下旬になってようやく「日常生活は問題なさそうだね」という診断を受けるまで、走ることはできなかった。

さらに、喜多には持病があり、人が集まる場所に行くとおなかが痛くなる症状がある。中高生時代には学校に通うことも難しく、アイドルになってからも体調不良が続いていた。そんな状況にもかかわらず、彼女はチャリティーランナーとして東京マラソンに参加することを決意した。

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チャリティーランナーとしての参加と支え

喜多は、長期入院中の子どもに付き添う家族の滞在施設「ドナルド・マクドナルド・ハウス」のチャリティーランナー、「Team DMHC」の一員として東京マラソンに参加した。持病のため食事はあまり取れず、消化の良いものを食べてレースに臨んだ。スタート前にはTeam DMHCの伴走者に膝をテーピングで固めてもらい、不安を抱えながらも号砲が鳴ると、ランナーの集団の中に自然と足を進めた。

沿道には多くの応援客が詰めかけ、ボランティアからも声援が送られた。特にうれしかったのは、母が沿道で応援してくれたことだ。喜多が東京マラソンに挑戦しようと思ったきっかけの一つは、母と「いつか一緒に走りたいね」と話していたことであり、神保町で涙ぐみながら声援を送る母の姿を見て、「挑戦してよかった」としみじみ感じたという。

仲間の温かい応援と完走の瞬間

NGT48の同期生も応援に駆けつけ、前日の夜に新潟市内の劇場で公演があったにもかかわらず、全員が喜多のイメージカラーの黄色いTシャツに彼女の写真をプリントして登場した。走行中に記念写真を撮るほどうれしい出来事で、喜多は心の底から仲間の支えに感謝した。

レース中、足がつったり倒れ込んだりするようなドラマチックな展開はなく、6時間2分13秒で無事に完走。ゴールした瞬間、喜多は「あと2分早かったら、6時間が切れていたのか」と少し悔しさを感じたという。直前のけがで練習が十分にできなかったため、周囲からは完走は難しいと思われていたが、思ったよりも42.195kmはあっけなく感じられた。

挑戦を通じて得た気づきと未来への希望

完走後、メディアの取材に応じた喜多は、伴走者から「フルマラソンを走っている間もずっとアイドルの顔をしていた」と言われた。彼女は決して売れているアイドルではないが、積み重ねてきた経験が自分をアイドルにしてくれたと実感した。ただし、取材対応を終えると倒れ込んでしまい、自分の足で帰ることはできなかったという。

この挑戦を始めたきっかけは、何げなく口にした「フルマラソンに挑戦したい」という一言だった。事務所のスタッフやファン、メンバーの支えがあり、その言葉がどんどん大きくなっていった。喜多は、持病があり体が弱く、ダンスも歌も得意ではなく、心も弱い自分だが、そんな自分でもフルマラソンを走りきることができたと語る。

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完走したことが世の中を大きく変えるようなニュースにはならなかったが、「勇気をもらった」「感動した」という声が多く届いた。喜多は、学校に行けず部屋でアイドルの姿に力をもらったように、誰かの希望になれているならそれに勝る喜びはないと述べた。

挑戦を始めるときに「変わりたい」と願った喜多だが、今は何かが変わったわけではなく、自分を受け止めることができたという。弱い自分だからこそ、これからの挑戦を通じて誰かに勇気を与えられることもあるだろうと感じ、そんな自分が少し好きになったと結んだ。