「ぴあ」表紙絵の巨匠・及川正通さん、15年ぶり復刊に思い 創作の地・大和市を語る
「ぴあ」表紙絵の及川正通さん、15年ぶり復刊に思い 創作の地・大和市を語る

エンタメ情報誌「ぴあ」の表紙絵で知られるイラストレーター及川正通さん(87)は、「同一雑誌の表紙絵を最も長く描き続けた」というギネス世界記録を持つ。著名人をユーモラスにデフォルメした「現代の浮世絵」の数々は、半世紀以上暮らす神奈川県大和市のアトリエで生まれた。15年ぶりの「ぴあ」復刊を機に、創作の地への思いを聞いた。

中央林間がゴルフ場に?

「中央林間を、ゴルフ場にしちゃったんですよ」と及川さん。大和市北部、中央林間駅近くのアトリエに置かれた大作。一軒家の屋根には顔が女性のネコ。小田急線と東急田園都市線が走る街の所々にゴルフのグリーンやバンカーが。タイガー・ウッズさんらプロゴルファーの姿も。

作品名は「ドリーム・マップ 中央林間(大和)」。及川さんが集大成とする「ドリーム・マップ」シリーズの一つだ。自身の人生や風景のイメージを地図に描く作品で、出生地の「大連」、育った町「ヨコスカ」を完成させ、今は4作目「東京」を制作する。

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中央林間にゴルフ場はあるが、作品の狙いはこうだ。「それほど大きな街ではなく、大自然でもない。街と自然とが溶け合って中和して、その中で遊びが優先しているようなイメージを描きたいなと思ってね」

この作品の壁画が、小田急線・相鉄線大和駅の駅ビルにあり、駅前広場を歩く人の目を、心を楽しませている。市のコミュニティバスにも、作品を基にしたデザインが施されている。

赤坂とは「はるかに違う」と感じること

20代でフリーとなり、東京・赤坂に美術家・横尾忠則さん(89)との共同事務所を構えた。そこを畳んで、中央林間に移ったのは1972年、33歳のころ。

「東京に不安があってね。(当時の)赤坂なんて、排ガスがいちばん濃いところ。都心から離れようと思っていたころ、友人の縁で訪れた中央林間の『米軍ハウス』を見て気に入っちゃってね」

同市と綾瀬市にまたがる厚木基地に近いこの地域には、在日米軍兵が家族と住む「米軍ハウス」が数多くあった。アーリーアメリカン様式の住宅と、当時は緑豊かだった中央林間での暮らしは、及川さんの創作にも大きな影響を与えた。

「赤坂とは、発想の躍動感がはるかに違う。遊びながら絵を描く感じですね」

その躍動感あふれる作品に目を付けたのが、同じ1972年に「ぴあ」を創刊し、後に社長となる矢内廣さん(76)。1975年に中央林間を訪れ、表紙絵を依頼した。「僕は仕事の話より、遊びの話ばっかりして、一晩明かしちゃってね。『遊びこそエネルギーなんだよ』って言って、『ぴあ』を引き受けたんです」。2011年の休刊まで36年間、描き続けた。

「大和市をアートで人を呼べる街に」

そんな遊び心で大和市民の活動にも協力する。その橋渡しをした市民の一人が、星野俊江さん(78)。19歳から5年間、俳優「泉洋子」として活躍し、ドラマ「サインはV」(1969~70年)、映画「男はつらいよ 柴又慕情」(1972年)などに出演した。

市イベント観光協会の事務局長だった2011年度、公募のイラストデザインコンペを企画。及川さんに審査委員長を依頼したところ快諾、毎年務めてくれた。及川さんの名がさらに市民に浸透し、駅前壁画やバスのデザインの実現にもつながった。

「大和市をアートで人を呼べる街にしたい、という及川先生の思いがうれしかった」と星野さん。コンペは24年度を最後に休止したが、及川さんのアートは今も市内を彩っている。

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