「ドーベルマン刑事」で市民団体からクレーム、謝罪に行くも「勝った」瞬間 武論尊氏が回顧
「ドーベルマン刑事」クレーム謝罪で「勝った」瞬間 武論尊氏回顧

漫画原作者の武論尊氏が、出世作『ドーベルマン刑事』の連載開始直後に市民団体からクレームが来て謝罪に行った際、団体側の女性の発言によって「勝った」と思った瞬間があったと振り返った。

連載開始とクレーム

昭和50年から週刊少年ジャンプで連載された『ドーベルマン刑事』は、当時人気だったハリウッド映画「ダーティハリー」シリーズよりもハードな刑事ものを目指し、凶悪犯を躊躇なく射殺させる内容で、人気はうなぎのぼりとなり連載は4年に及んだ。

武論尊氏は、1話目が人気ランキング2位になり連載が決まったとし、「ドーベルマン刑事で、自分の中の毒を出したっていう感じですね」と語った。また、「1人殺さなければ、100人が死んでしまうっていう究極の選択があれば、1人(犯人)を殺すしかないんじゃないの」という考えが自身の中にあり、それが正義だと思っている部分があると述べた。

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謝罪の場での出来事

しかし、1回目で市民団体からクレームが来て、謝りに行かされたという。犯人が精神を病んでいるという設定に対し、団体側は「障害者は誰でも事件を起こす」と受け取った。武論尊氏は「事件を起こす人間は一時的に精神に障害を起こしている。だから人を殺せるんだ」という意図だったが、「取りようによってはいくらでも取れてしまう」と振り返る。

編集部の2人と謝罪に行った際、原作者の平松伸二氏は連れて行かなかった。「彼には将来があるから」と言われ、「あ、俺の将来ないんだ」と思ったという。

「勝った」瞬間

謝罪の場で、団体の女性が1人立ち上がり「中学しか出ていないから、そんなものしか書けないんですよ」と発言。その瞬間、武論尊氏ら3人は「勝った」と思ったという。「差別反対の団体なのに明らかに私を差別した」とし、団体側も「しまった」と思ったのか、記者なども呼んでいたがこの日のことは内緒にしてほしいと頼まれ、結局大きな問題にはならなかった。

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