親不知の断崖と歴史を訪ねる 糸魚川の旅
親不知の断崖と歴史を訪ねる 糸魚川の旅

新潟県糸魚川市の親不知は、北アルプスの山々が日本海に落ち込む断崖絶壁で、新潟県最西端の海岸線に10キロ以上続き、一部は国の名勝に指定されている。かつては交通の難所として知られ、古来、旅人は波打ち際を命がけで通り、大波にさらわれた悲話が多く伝わる。

ウェストンが歩いた道

1894年7月19日、英国人宣教師で登山家のウォルター・ウェストンは、山登りに出発する日を前に、仲間と親不知まで足をのばした。旅の途中でメモしたノートには「たいへんすばらしい」「300フィート(約90メートル)もある花崗岩の絶壁」と感動の様子が記されている。一方で、旧北陸道の最大の難所とされ、「天下の険」と称された時代に思いを及ばせ、「北西の暴風が吹いているあいだは、ずいぶん危険を冒さなければ通れなかった」と記した。

この時、ウェストンが歩いたのは、波打ち際ではなく、断崖を人の力で開削した1883年完成の新しい道だった。その132年後、同じ7月中旬に親不知を目指し、東京駅から北陸新幹線に乗車した。ウェストンが1日半かけて、東京・上野駅から汽車に乗り、新潟で船と人力車を乗り継ぎ、最後は歩いて到着した旅程と比べ、隔世の感がある。糸魚川駅からレンタカーを運転し、青い海を右の視界に入れながら国道8号を西へ進んだ。海上に高架橋が浮かぶ高速道路の北陸道も並行している。

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親不知コミュニティロード

かつてウェストンが歩いた道は、遊歩道「親不知コミュニティロード」となって残っていた。「地元の人は『第二世代』と言えば、分かりますよ」と、糸魚川市観光協会の岡田一貴さん(38)が教えてくれた。「日本近代登山の父」として、ウェストンの全身像も設置され、「ここが日本アルプスの起点」と著書で紹介したと、説明文がついていた。

連続する断崖絶壁に沿い、波打ち際(旧北陸道)、国道8号、北陸道が一目に見渡せる。それぞれ「第一世代」「第三世代」「第四世代」と呼ばれ、先人たちが急峻な崖に挑み、交通の難所を克服しようと苦難を重ねた歴史を感じさせられた。

世界ジオパークの見どころ

糸魚川市は全域が国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界ジオパークに認定されている。日本列島の成り立ちに関連する貴重な地質や地形を保存し、環境教育や観光資源に生かす。急峻な断崖絶壁の親不知のほかにも、様々な自然の造形美が見られる。

日本列島を東西に分ける巨大な断層「糸魚川―静岡構造線」。その露出部分を間近で見学できる「フォッサマグナパーク」が整備されている。フォッサマグナは、ラテン語で「大きな溝」。大陸から分かれて誕生した日本列島はいったん二つに裂けた。その大きな溝が時間をかけて埋められた。そこがフォッサマグナで、その西の端が、糸魚川市から静岡市に至る長さ約250キロの「構造線」だ。

国道を山側へ進み、駐車場から少し歩くと、迫力ある崖が現れた。「東」「西」の大きなプレートが設置され、その間に構造線の位置を示す「境界」と記された杭が打ち込まれている。西側は2億7000万年前の古い地層、東側は1600万年前から形成されたフォッサマグナだ。東西の色の違いなどが分かり、観光客が写真を撮っていた。

ヒスイとグルメ

糸魚川はヒスイの産地だ。市内各所で大小様々な宝石に出会える。海岸でヒスイを探す人の姿もあった。中心部に近い日本庭園「翡翠園」では、70トンのヒスイ原石がコバルト色に輝く。その後、山道を進んで「高浪の池」を通過し、清流の中に原石が隠れる「小滝川ヒスイ峡」にも行った。3億年前のサンゴ礁でできた明星山の切り立った大岩壁が落ち込み、幻想的な風景を生み出していた。

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ヒスイ原石を展示し、フォッサマグナについて学べる「フォッサマグナミュージアム」も訪れた。学芸員の小河原孝彦さん(43)は「糸魚川の海岸で大地の歴史に触れながら、自分だけの石を見つけてください」と話していた。

糸魚川市の新名物として、2010年に誕生したのが「糸魚川ブラック焼きそば」だ。その要件は、日本海産の新鮮なイカを使うこと。イカ墨を麺にからめ、その名の通り、真っ黒な焼きそばに仕上げる。味付けは自由で、ソースや魚醤、塩など様々。調理方法やトッピングも店ごとに個性があり、店を巡るのも楽しい。

糸魚川駅に近い創業69年の中国料理店「月徳飯店」は、特製ソース仕立てのマイルドな味わいが特徴だ。卵が上にのり、スープが付いて950円。月岡浩徳社長(61)は「よく出る人気メニュー。外国人の観光客や、バイクのツーリングで立ち寄る人たちにも好評です」と話していた。