結成16年以上の中堅・ベテラン漫才師の頂点を決める「THE SECOND」で、同級生漫才コンビ「トット」が素を生かした“ケンカ漫才”を披露し、念願の全国区賞レースの栄冠を勝ち取りました。関西で人気を集めながらも、東京進出後は苦しい日々が続いていた2人。桑原雅人さんと多田智佑さんに、これまでの軌跡を振り返ってもらいました。
高1で漫才のような出会い
「THE SECOND」で2人が見せたのは、日常での主張の違いをぶつけ合い、相手を言い負かそうとする“ケンカ漫才”。電子マネーを使わない、紙たばこを吸うなどのこだわりがある多田さんが一見劣勢に見えるのですが、論破しようとする桑原さんが徐々に空回りし、自滅していくさまが笑いを誘います。
“ケンカ漫才”はどのように確立されたのか――。その前に、まずは高校1年で出会ったその日から振り返ります。
――2人の出会いは?
多田 隣の席の桑原に下の名前を聞いたら、ノートとペンを持ってるのに、空に書きだしたから、「ノート使えや」と。
桑原 ツッコんでな。そこから漫才が始まってた。
多田 何をエモく。
桑原 事実やん。
――文化祭や休み時間に漫才をしていたそうですが、もともと吉本興業の養成所・NSCを目指していたんですか?
桑原 僕は結構、考えてたんですけど、多田ちゃんは全く。
多田 親にも大学に行くと言っていて、三者面談の前日に「桑原とNSC行きたいんやけど」って言いました。親は心配してましたね。NSCの入学が決まった後、母に言われて父の枕元を見たら「吉本興業とは何か」みたいな本が。
桑原 勉強してくれてたんや。
多田 そうだけど、この本読んで何が分かんねん、と。
桑原 またツッコんでる。
4年で解散、再結成
2004年にNSC入学後、コンビ「ハスキーボイス」を組むものの、4年で解散。その1年後の09年に再結成し、「トット」が誕生しました。
――ずばり、解散の理由は?
桑原 ふわーっとNSCに入ったんですよ、多田ちゃんに関しては俺についてきたぐらいで。でも周りは会社や大学を辞めてきたとか、九州から引っ越してきたとか、気合の入り方が違ってびっくりしました。文化祭でやってたときと違ってウケへんし、どんどんギクシャクして。
多田 仲も悪くなりますし、ネタ合わせで集まっても、合わせることなく今日は終わり、みたいな。
桑原 楽しくてやってたけど、プロとして面白いことせな、とか、周りに勝たないとって目線でやると苦しくて嫌になって。
――でも、再結成した。
桑原 周りの人が「面白いからやめんほうがええで」って言ってくれたんです。次組むならちゃんとやりたい、と考えたら、2人で真剣に活動していなかったことにすごく後悔を感じていた。同級生の延長じゃなく、プロとしてもう一回やってみたいと思って多田に声かけて。
多田 「サイゼリヤ」で2時間くらいプレゼンされて。やめるにもやりたいこともないし、やってみようか、みたいな感じでした。
西日本で絶好調、でも…
11年に関西の若手芸人の登竜門「ABCお笑いグランプリ」で審査員特別賞を受賞したのをきっかけに、岡山県のローカル放送局の情報番組にレギュラー出演するなど、活躍の場も広がりました。西日本で人気絶頂の中、東京に拠点を移す選択をします。
――当時の人気ぶりは?
桑原 15年から3年はすごかったです。ライブのチケットが即完売して。17年に全国放送の「ENGEIグランドスラム」(フジテレビ)に呼んでもらってからはなおさら。
多田 テレビのパワーを実感しました。上方漫才大賞新人賞もいただけて、安定期みたいな。
――そんな中、コロナ禍の20年に東京に進出されました。
桑原 毎年何かにチャレンジしようと思っていて。大阪でこうなっていくんやろうなって景色がなんとなくわかってきたんですけど、新たなところにゼロから飛び込めるのはラストチャンスじゃないかなって。34歳とかだったので。
多田 僕は反対しましたね。11年目でバイトをやめられて、4年くらいバイトをせずにやっていけていた。ここから大阪でもっと上へという思いやったんで。
ガチケンカからネタに
東京に進出したのは、コロナ禍のまっただ中。テレビ出演やライブもなくなり、若手漫才師の日本一を決める「M-1グランプリ」でも鳴かず飛ばずの中、模索する日々が続きました。
――どんな思いで過ごしていましたか?
桑原 上京1年目は普通、バーンと売り出してもらえるんですが、全部飛んじゃって。漫才もそこそこうまいと言われるけど、俺らにしかできない120点の何かを見つけないと、この世界で生き残られへんって感じました。探したら、多田ちゃんは自分の思ってることを言う時がすごい面白い。僕も怒ったり、文句言ったりしてる時がウケてる。
多田 コントスタイルの漫才をやめて、21年ぐらいからしゃべくり漫才を模索しました。でも途中でスタイルを変えたから、M-1も勝てなくて、ライブの観客も減って、ケンカも増えて。
桑原 それまで深いケンカはしてなかったんです、多田ちゃんがそんなにネタに意見言わなかったから。でも(芸歴)15年目を超えて意見を持ち出して、ガチのケンカが増えて、それを見た周りの芸人仲間が笑う。これオモロイんや、と思って、もめてるのをネタに入れてみよう、と。
今後の目標? 徹子の部屋!
THE SECONDの優勝会見で「本当に何もなかった俺たちなんですよ。夢のようです」と語っていた多田さん。栄冠に輝いた後はバラエティー番組やラジオ番組に出演する機会も増えました。
多田 これまでは、ほぼ舞台やったんで。メディア系の仕事がたくさんいただけるようになりました。
桑原 シンプルに楽しいです。ラジオ(6月放送の「トットのオールナイトニッポン0」)の冒頭で「(直前の番組に出演した)オードリーさん、お疲れさまでした」って言って。ついに芸人をやってるなと。
――今後の目標は?
多田 上方漫才大賞の大賞は欲しいです。
桑原 大阪の漫才師としての憧れですね、やっぱり。
多田 あと、「徹子の部屋」に出たい。
桑原 コンビ名の由来、言いたいな。
――プライベートでは?
桑原 英語を勉強してます。海外のワイナリーに行ってみたい。あと、サッカーがうまくなりたいです。
多田 結婚して家庭を持つことは、人生経験として、してみたいです。
桑原 壮大な夢みたいに語ってるけど、普通やからな。責任感が強い人なんですよ。やりたいこと聞いても、あんまり出ないんですけど。
漫才全国ツアー 一路漫進
トットの漫才全国ツアー「一路漫進」の開催が決定! 9月26日の名古屋・今池ガスホールをはじめ、岡山、北海道、東京、沖縄、大阪の6か所を巡ります。チケット一般発売中、前売り4000円、当日4500円。北海道、沖縄公演では、トークライブ「トットーク」もあわせて開催されます。



