アイヌ民族と博覧会の150年をたどる特別展示、白老で開催中
アイヌ民族と博覧会の150年をたどる特別展示、白老で開催中

明治初期から昨年の大阪・関西万博まで約150年にわたり、アイヌ民族が博覧会というメディアとどのような関わりを持ってきたかをたどる特別展示「アイヌ民族と博覧会―150年の経験―」が白老町の国立アイヌ民族博物館で開かれている。実際に関わった一人一人のアイヌの声に注目し、博覧会に対する多様な受け止め方を浮き彫りにしている。

人間展示と生きた「標本」

「文明の進歩」を示す娯楽スペクタクルとして19世紀のヨーロッパに始まった博覧会は、植民地など周縁の人々や文化を「未開・野蛮」と位置づける構図で展開した。その最たるものが「人間展示」で、日本でもアイヌ民族が同様の文脈で「展示」され、生きた「標本」として扱われた。

戦後、そうした関係に変化が生じ、アイヌ民族が自らの文化を見せる場として主体的に参加するようになり、大阪・関西万博では舞踊公演の舞台監督をアイヌ自らが担うに至った。

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前向きに参加したアイヌの声

本展では、こうした歴史を時系列に4章に分けて紹介。様々な博覧会に出品された工芸品や絵はがきなど約270点に上る資料を通じて丁寧に解説している。

興味深いのは、アイヌの矜持を示す発言の紹介だ。アイヌが初めて人間展示されたのは、1903年に大阪で開かれた「第5回内国勧業博覧会」の場外余興「人類館」。参加した伏根弘三は「故坪井博士指導のもとに、学術上参考とすべき、アイヌの熊祭その他土俗について親しく説明の労に当たった」と述べており、自らの行為を見せ物とは考えていなかったことがうかがえる。

翌年、米セントルイスで開かれた万博に参加した辺泥五郎も「米国3婦人がアイヌに興味を持ち、るる尋ねてくれた」ことが愉快な思い出だと語り、帰国を残念がった。

文化復興への貢献と展示の概要

同博物館の関口由彦・展示企画室長は「差別的なまなざしにさらされる厳しい時代にあっても、自らの目的を持って前向きに参加し、正しく文化を伝えようとした行為は後のアイヌ文化の復興・継承に大きく貢献した」と評価する。

展示は23日まで。観覧無料(ウポポイの入場料は必要)。問い合わせは同博物館(0144・84・6960)へ。

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