クエンティン・タランティーノ著『おれの映画人生』(鈴木恵訳、文芸春秋・4620円)を、翻訳家の上岡伸雄氏が書評している。
少年時代の映画体験から始まる
本書でまず語られるのは、著者自身の少年時代の映画体験だ。よく分からないながらに驚いたり笑ったり、無垢な心ですべてを吸収していった。その一つ一つを観客の反応も含め、驚くべき記憶力で詳述している。
たとえば『ダーティハリー』で連続殺人鬼がゲイの黒人青年を狙うとき、観客は殺人鬼のほうを応援しているような雰囲気があった。黒人地区の映画館で黒人の映画を見たときは、観客の反応が白人とまったく違った。これらは時代ごとの差別意識、その変化のあらわれであり、それ自体が貴重な文化資料だと評者は指摘する。
独自の映画論とスリリングな考察
原題を訳せば「映画に関する考察」。そのタイトルどおり、本書は著者が映画について考えまくる本でもある。ブライアン・デ・パルマはホラー映画の熱心なファンではなかったのに、なぜその方面の巨匠になったのか。『タクシードライバー』の脚本家は、まずデ・パルマに脚本を見せたのだが、なぜ彼はマーティン・スコセッシに譲ったのか。デ・パルマが監督をしていたらどうなったか。スコセッシは脚本をどういうふうに変えたのか。こうした考察から著者は、ベトナム帰還兵とされる主人公について「ベトナムになんか絶対に行ってない」という驚くべき解釈を提示している。
なぜそうなるのかについては、実際に読んでいただきたいが、本書はこうしたスリリングな論考に満ちている。
関係者への直接取材も貴重
著者自身が映画人であるだけに、関係者に直接聞き取りをしているのも貴重だ。たとえばスティーブ・マックイーンの元妻の証言。マックイーンは読むのが嫌いで、元妻が脚本を読んで彼が出るべき作品を選んでいた。ところが、マックイーンは『ブリット』の警官役には逡巡した。その理由が笑えるという。
邦題が『おれの映画人生』となっているのは見事にぴったりだ。著者は映画を見まくり、考えまくり、それを自分の映画作りに生かしてきた。「これがおれの人生だ!」という迫力。あっぱれな生き方には感動せずにいられない。



