韓国を撮り続けた桑原史成さん追う映画、中野で上映
韓国を撮り続けた桑原史成さん追う映画、中野で上映

1960年代以降の激動の韓国を撮影し続けた報道写真家、桑原史成さん(89)の姿を追った韓国発のドキュメンタリー映画「100万カットの記憶」が9月5日から中野区で上映される。映画では、歴史に翻弄される人々の生きざまや、桑原さんが人生をかけてシャッターを切り続けてきた写真への思いが描かれる。

水俣病から韓国へ

桑原さんは東京農大と東京綜合写真専門学校を卒業後、1962年に水俣病患者らを撮影した個展「水俣病」で報道写真家としてデビュー。同年、日本写真批評家協会新人賞を受賞した。

1964年からは植民地支配の影響で反日感情が強い韓国を訪問。朝鮮・李王朝の皇太子だった李垠氏に旧皇族の梨本宮家から嫁いだ方子さんや、釜山の残留邦人らの姿を記録するなど、各時代の韓国の実像にカメラを向け続けた。

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大学時代、朝鮮戦争時に日本に密航してきた韓国人留学生と知り合ったことなどから、「自分のテーマとして韓国を考えた。これまで撮影した100万カットのうち、韓国で撮ったものが最も多い」と話す。

60年ぶりの再会も描く

韓国人の女性監督、高希英さん(59)は30年間ドキュメンタリー映画を制作。ある陶工の記録映画を撮影中、桑原さんも同じ人物の写真を撮っていたことを知り、2024年から昨年まで桑原さんを撮影してきた。

映画には、桑原さんが水俣病患者の自宅を訪れる場面や、1965年の日韓基本条約に反対する韓国のデモの写真に写る当時の学生と60年ぶりに再会するシーンが登場。ベトナム戦争に派兵される韓国兵とその家族の姿を撮った写真も紹介される。

軍政下でしか撮れなかった「恥部」

高さんによると、軍政下の韓国は検閲などで市民が社会問題に迫った写真を発表することは難しかった。桑原さんは特派員用のビザと取材許可証を持っていたため、朝鮮戦争の避難民が住み着いたソウルの貧民街や、在韓米軍兵を相手に売春する女性たちなど、「『韓国の恥部』とされた光景」(高さん)も撮影できた。そうした写真も一部紹介されている。

桑原さんが残した写真は「偏見なく私たちの空白を埋めてくれた」(同)重要な歴史的記録として高く評価されている。

6月に渋谷で行われた試写会で、高さんは「桑原さんが写真でとらえたのは一瞬だが、そこに60年の歴史が込められている」と述べた。ベトナム戦争の取材経験もある桑原さんは「終戦時、写真は記録であり実録だと実感した。文書は権力者が都合よく書き換えるが、報道写真は撮り直しがきかない」と語った。

桑原さんは、いつの日か統一された朝鮮半島を撮影することを望んでいる。「政治的に極めて難しいとは思うが、未来永劫変化しない政治体制や社会状況などあり得ない。将来に希望を託したい」としている。

映画は98分で、中野区の「ポレポレ東中野」で上映される。

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