泉鏡花の校正刷り1000点超、岩波書店から金沢の記念館に寄贈
泉鏡花の校正刷り1000点超、岩波書店から記念館に寄贈

日本近代文学を代表する幻想小説家、泉鏡花(1873~1939年)の校正刷りや直筆原稿など1000点以上の資料が、岩波書店(東京都千代田区)から鏡花の故郷・金沢市にある泉鏡花記念館に寄贈された。近代作家の資料が戦災を免れ、これほど大量に残るのは極めて珍しく、今後本格的な調査と公開が進む見通しだ。

資料の由来と経緯

これらの資料は、1925~27年に春陽堂から刊行された『鏡花全集』の編集時に、鏡花自身と監修を務めた作家・水上滝太郎がまとめたもの。鏡花の死後、1940~42年に刊行された岩波書店版全集の編集時にも使用されたが、水上も1940年に急逝したため、岩波書店が保管することになった。

収蔵品の内容と特徴

寄贈された資料は、デビュー作『冠弥左衛門』から代表作『高野聖』、絶筆『縷紅新草』に至るまで、鏡花の小説・戯曲の校正刷りや初出雑誌の切り抜きなど幅広い。校正刷りが存在する小説・戯曲は301点で、全作品の9割以上をカバー。校正刷りのある随筆雑録も107点に上る。これらの資料の存在は、2003~06年に出版された『新編泉鏡花集』に記録されている。

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校正へのこだわり

校正原稿では、読点の位置から文字の字下げに至るまで、細かく筆で指示が書き込まれている。例えば、雑誌『中央公論』に掲載された小説『雪柳』の校正刷りには、赤字で「此のゲラは泉先生におかへしのこと」と記されている。鏡花は直筆原稿や校正原稿の返却を求めていたという。

専門家の評価

『新編泉鏡花集』編集時に資料を調査した昭和女子大学の吉田昌志名誉教授は、「鏡花は校正段階でも文を削りながら表現を突き詰めていたことが分かる。これらの資料は、言葉に人一倍こだわった鏡花ならではの『遺産』であり、鏡花の創造の秘密を解き明かす鍵が多く含まれている」と語る。

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