松戸の戸定歴史館で徳川昭武関連の貴重資料82点が初公開
千葉県松戸市にある戸定歴史館では現在、1991年の開館以来収集してきた徳川昭武(1853~1910年)とその一族に関する資料の中から、新たに発見されたものやこれまで展示機会のなかった貴重な品々を初めて公開する特別展示が開催されています。
「お初にお目にかかります」と題した通常展
「お初にお目にかかります-大集合!初めて展示される資料たち-」と題されたこの通常展では、一族の写真や書状など合計90点を展示。そのうち実に82点が初公開となる大規模な内容となっています。
展示は四つのパートに分かれて構成されており、「松戸徳川家」資料は昭武の次男で松戸徳川家初代当主の武定が受け継ぎ、整理して保管していたものです。武定は戸定邸を松戸市に寄贈した人物としても知られています。
昭武の最古の写真がついに発見
特に注目されるのは、徳川昭武を撮影した最古の写真の現物です。縦10.8センチ、横7.6センチのこの写真は、昭武の四女・温子(はるこ)の三女・千代子と結婚した須見裕の研究資料から見つかりました。
学芸員の大沼大晟さんは「現物をずっと探していたので、発見した時には思わず声を上げてしまった。歴史館にとって最重要資料です」とその興奮を語ります。画像が図書に掲載されたことはありましたが、現物の所在は長らく不明だったのです。
昨年6月、須見家からの連絡を受けた同館の学芸員らが調査に出向き、ファイルに挟まれた状態で保管されていたこの貴重な写真を発見しました。須見裕は昭武研究のパイオニアとされる人物です。
1864年に11歳の昭武を撮影
この写真は1864年(元治元年)、わずか11歳の昭武が衣冠姿で写ったものとみられています。興味深いことに、兄である将軍・徳川慶喜を撮影した写真と多くの共通点があることが指摘されています。
大沼学芸員は「慶喜や昭武は政治的な側面がクローズアップされがちですが、この展示を通じて、子どもたちに囲まれて送った日常生活を身近に感じてもらえれば」と鑑賞を呼びかけています。
慶喜の書状も初公開
展示では、兄の徳川慶喜が孫の成長に安心したことをつづった書状も初公開されています。政治的な緊張が高まる時代にあっても、家族としての慶喜の一面をうかがえる貴重な資料です。
昭武の次女・政子、三女・直子、四女・温子の下にあった資料も紹介されており、徳川家の私的な側面を多角的に伝える内容となっています。
展示の基本情報
この特別展示は5月31日まで開催されています。入館料は一般150円、高校・大学生100円で、中学生以下、障害者とその同行者1人は無料です。原則として月曜日は休館日となっています。
問い合わせは戸定歴史館(電話047-362-2050)まで。
徳川昭武とは
徳川昭武は水戸藩9代藩主・徳川斉昭(1800~1860年)の18男であり、江戸幕府最後の将軍・慶喜(1837~1913年)の弟にあたります。1867年にはパリで開催された万国博覧会に将軍慶喜の名代として出席し、留学を経験しました。
次期将軍の有力候補とみられていましたが、同年の大政奉還により幕府が瓦解。帰国後は水戸藩最後の藩主(11代)に就任しました。
戸定邸について
戸定邸は眼下に江戸川、遠くに富士山を望む小高い丘に昭武が建設した別邸です。木造平屋一部2階建てで、1884年に座敷開きが行われました。1951年に松戸市に寄贈され、2006年には国指定重要文化財に、2015年には戸定邸庭園が国の名勝に指定されています。



