川崎大空襲から81年、解散した歴史の会の元会長らが延命寺で追悼
1945年4月15日に発生した川崎大空襲から、今年で81年を迎えました。この節目の年にあたり、14日、市民9人が川崎市幸区にある延命寺の慰霊碑を訪れ、犠牲者の追悼と平和への願いを新たにしました。
「都町ロータリーの惨劇」として語り継がれる悲劇
川崎大空襲では、現在の幸区に位置していた国道のロータリー(円形交差点)に避難していた市民に対し、米軍機による攻撃が行われました。この攻撃により、多くの市民が負傷し、慰霊碑に氏名が刻まれている犠牲者だけでも159人にのぼります。この悲劇は「都町ロータリーの惨劇」として、地域の人々の間で語り継がれています。
約20年にわたる慰霊行事と歴史の会の解散
こうした歴史を風化させないために、郷土史研究会「さいわい歴史の会」が約20年前から慰霊行事を開催してきました。新型コロナウイルスの影響で2020年に実施できなかったことを除き、毎年継続されてきたこの行事ですが、歴史の会は今年1月、会員の高齢化を理由に解散を決断しました。
しかし、元会長の並木章さん(86)=横浜市鶴見区=は「命を失った人の気持ちを考えると、ほっておくわけにはいかない。個人的にでも続けたい」と強い思いを抱き、知人らに呼びかけて今回の慰霊を実現させました。
住民の入れ替わりが激しい幸区における継承の課題
幸区は転出入による住民の入れ替わりが多く、戦争被害の継承が大きな課題となっています。来年以降も、空襲体験者を招いて講話を依頼するなど、空襲の記憶を後世に残す取り組みが求められています。
並木さんは「とんでもないことがここであった。二度とあってはならないし、忘れてはだめですよ」と力強く語り、歴史を伝え続けることの重要性を訴えました。
手を合わせて空襲犠牲者を追悼する並木さんと参加者の姿は、平和の尊さを静かに物語っていました。高齢化が進む中でも、個人の意志によって歴史の継承が続けられることの意義は大きく、地域社会における記憶の共有が今後も重要な役割を果たしていくでしょう。



