演芸評論家・長井好弘氏のコラム「今月のお言葉」が19年の連載に幕
演芸評論家で「よみらくご」総合アドバイザーの長井好弘氏が、東都唯一の演芸専門誌「東京かわら版」に連載してきたコラム「今月のお言葉」が、2026年3月号をもって終了することが明らかになった。2007年春に始まったこの連載は、19年間にわたり、寄席の高座で演者が発した本音や名フレーズを活写し、演芸ファンから親しまれてきた。
「かわら版」の存在意義と連載の始まり
「東京かわら版」は、演芸界にとって欠かせない情報源として知られる。観客は同誌の情報欄を参考に会場を選び、時には噺家自身が出演予定を確認するほどだ。長井氏は「『かわら版』がないと、皆が大いに困る」とその重要性を強調し、読者として年間購読を続け、新たなファンにも購入を勧めてきた。
連載のきっかけは、2007年春に編集部から「寄席の高座のスケッチのようなものを」と依頼されたことだ。長井氏は即座に引き受け、原稿料を気にせず執筆に取り組んだ。内容は、落語、講談、浪曲、色物など、さまざまな演芸を観たまま感じたままに描写し、冒頭には演者の「お言葉」を掲載。これは高座での本音やまくらの一節から選び、敬意を込めて「お」の字を付けたものだ。
印象的な「お言葉」の数々
連載では、多くの演者によるユニークな「お言葉」が紹介された。例えば、紙切りの林家二楽は、北海道・根室での花咲ガニ体験を語り、「ハサミの使い方がヘタねえ」と言われたエピソードを披露。これは紙切りの神業がカニには通用しないという貴重な逸話となった。
落語家の春風亭一朝は、名前をもじった定番フレーズに加え、「芸惜しみ」と観客に怒られた体験を語り、会場を沸かせた。曲芸のボンボンブラザースは高座でほとんど喋らないため、「お言葉」として無言を記録。彼らに理由を尋ねると「見ればわかるから」と返され、演芸の多様性を感じさせた。
また、柳家さん喬が長編落語「牡丹燈籠」を一夜で演じた後、「かいつまんで申し上げました」とつぶやいた一言は、その圧倒的な長講を象徴するオソロシイ「お言葉」として記憶に残る。2015年には連載をまとめた単行本「僕らは寄席で『お言葉』を見つけた〜寄席演芸家傑作語録」が刊行され、50編を収録した。
演芸界の流れを反映した内容の変化
2015年以降、連載は「面白語録」から「演芸界の流れ」を意識した内容へと進化。昔昔亭桃太郎の懐メロや、浪曲の天中軒雲月の復帰エピソード、講談師・神田愛山の講談ブームへの言及など、時代の変化を捉えた「お言葉」が増えた。
コロナ禍では、三遊亭兼好が無観客公演の寂しさを語り、若手ユニット「おきゃんでぃーず」が国立演芸場での感謝の言葉を述べるなど、演芸界の課題や新たな動きも反映。江戸家猫八はものまね芸の本質を「信じる力」と「折れない心」と表現し、色物の世代交代を印象づけた。
さらに、桂夏丸が素人時代に寄席で「笑わない客」として勉強していた話や、浪曲師・玉川奈々福が新宿末広亭での人気に触れるなど、若手演者の成長も記録された。
連載終了と新たなスタート
長井氏は、連載が「つらい」と思ったことは一度もなく、読者から「『かわら版』の紙面のトリを飾っている」と言われることを喜びつつも、自身は「前座の役」として明るく楽しく書き続けてきたと振り返る。最終回は初回と同じ林家二楽を予定していたが、彼が昨年他界したため叶わず、残念がっている。
連載終了は「かわら版編集部」の「連載陣の刷新」によるものとされ、長井氏自身は少し休んだ後、新連載を考えていたが、急遽4月号から新連載を始めることになった。現在は「新ネタ」の準備に忙しい日々を送っている。新連載は「今月のお言葉」とは一味違った面白コラムとなる予定で、長井氏は「『かわら版』ともどもどうぞお見捨てなく」と読者に呼びかけている。
長井好弘氏は1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員を務め、著書に「寄席おもしろ帖」や「僕らは寄席で『お言葉』を見つけた」などがある。演芸界への深い愛情と洞察力で、多くのファンに支持されてきた。



