棋聖戦第5局、震災15年目の仙台で開幕 両雄が荒浜小学校を訪問し津波の記憶に触れる
日本囲碁界の頂上決戦である第50期棋聖戦七番勝負第5局が、東日本大震災から15年を迎える節目の日に、宮城県仙台市の青葉山公園仙臺緑彩館で開催されます。一力遼棋聖に芝野虎丸十段が挑むこの一戦は、これまで4局を終えて2勝2敗の互角の展開となっており、棋聖位獲得にあと1勝と迫るのはどちらか、注目が集まっています。
震災遺構「荒浜小学校」を訪問
対局前日の3月10日午後1時頃、一力棋聖と芝野十段は新幹線で仙台入りし、少し早めに現地入りした一行は、仙台市にある震災遺構「仙台市立荒浜小学校」を訪れました。荒浜地区は仙台市中心部から約10キロ離れた太平洋沿岸部に位置し、当時は800世帯、2200人が暮らしていました。海から約700m内陸にあるこの小学校には91人の児童が通っており、2011年3月11日に発生した東日本大震災では、児童や教職員、地元住人ら320人がここに避難しました。
津波は校舎2階まで押し寄せ、孤立状態に陥りましたが、翌日夕方までに避難した全員が救助されました。両対局者は当時、校長を務めていた川村孝男さんらの案内で施設を見学し、激しく歪み損傷した1階の天井、校舎2階に今も残る濁流の痕跡、津波が押し寄せた3時55分で止まった体育館の時計など、津波の脅威を今に伝える展示を心に刻みつけるように一つ一つ見つめていました。
地域の防災訓練が命を救った
川村さんによると、被災直後、荒浜小学校では停電などでテレビも電話も避難を呼びかける非常放送も使えなくなり、教職員らは拡声器で避難を必死に呼びかけるしかなかったそうです。しかし、荒浜地区では2007年から小学校と地域が合同で津波の避難訓練を実施しており、多くの住民が小学校の校舎に避難することができました。この事前の備えが、多くの命を救う結果につながったのです。
一力棋聖は「地域の人々を巻き込んだ、普段からの備えが多くの人の命を救ったということが印象に残りました」と語り、防災の重要性を強調しました。一方、芝野十段は「1、2階の被害の様子も印象に残りましたが、荒浜地区の祭りの様子を紹介する展示があり、そういう日常がその後、どうなったのか。それを見たときに、グッときました」と述べ、震災が日常を一瞬で奪った現実に深い感慨を抱いたことを明かしました。
棋聖戦第5局への思い
両雄は、校舎から望むかつて800世帯が暮らしていた荒浜地区のジオラマを見たり、屋上から思いをはせたりしながら、自然の猛威と人々の営みについて考えを巡らせました。この訪問を通じて、彼らは単なる囲碁の対局を超えた、より深い意味をこの棋聖戦に感じているようです。
第5局は3月11日と12日の両日にわたって行われ、読売新聞オンラインの棋聖戦中継ブログでは、熱戦の模様を写真とテキストで詳しく紹介していきます。震災から15年という節目の地での対局が、どのような展開を見せるのか、囲碁ファンだけでなく、多くの人々の関心を集めています。



