扇谷健司審判委員長が語る誤審の背景と2030年ビジョン「審判が安全に楽しめる環境づくり」
扇谷審判委員長が語る誤審の背景と2030年ビジョン (30.03.2026)

扇谷健司審判委員長が語る審判の本音と未来への展望

日本サッカー協会(JFA)審判委員会の扇谷健司委員長が、読売新聞ポッドキャスト「ピッチサイド 日本サッカーここだけの話」に出演し、審判員としての道のりや誤審の経験、そして2030年を見据えた審判委員会のビジョンについて率直に語りました。現在、国内には審判員と審判指導員を合わせて約31万人が登録されており、審判委員会はJリーグやWEリーグから育成年代まで、全てのカテゴリーの審判を統括しています。

選手から審判への転身と苦悩

扇谷さんは学生サッカーやフジタスポーツクラブ(現・湘南ベルマーレ)での選手経験を経て審判に転身しました。当時のJリーグは、選手経験者を審判に育成する方針を掲げていたことも後押しし、扇谷さんは「裁かれる側」から「裁く側」へ立場を変えました。フジタでは、日本代表でプレーした名良橋晃さんや名塚善寛さんらとチームメートだった経験もあり、「岩本テル(輝雄)とか、野口幸司とか、ちょっと次元が違うなっていうか、この人たちにはかなわないと思いましたね」と振り返ります。

選手から審判への気持ちの切り替えは容易ではなかったと語り、「すんなりとはいかないですよね。ちょっと前までは、どちらかというと(審判に文句を)言っていた。なかなか最初は難しかったです。選手の時は考えなかったが、なぜファウルなのかという(自分の中での)すり合わせをするのがすごく難しかった」と明かしました。選手引退後もベルマーレに残って働きながら審判として笛を吹いていましたが、Jリーグを担当する機会が増えたタイミングで、「他チームから『あのレフェリーは、ベルマーレのレフェリーでしょ』ってなるので」という理由で退職し、その後はイベントの会場設営の会社に勤めながら、休日に審判をする生活を続けました。

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誤審の経験と反省の言葉

審判も人間であり、誤審は避けられないものですが、扇谷さんは2011年に等々力陸上競技場(川崎市)で行われたJリーグの川崎フロンターレ対名古屋グランパス戦での誤審について、「今でも残像が残っている」と明かします。この試合では、川崎の田中裕介選手がハンドで得点機会を阻止したという判断で、レッドカードを提示し退場を宣告しましたが、試合後に映像を確認したところ、ボールは田中選手の肩に当たっていたことが判明しました。

扇谷さんは当時を振り返り、「等々力なので、普通は(試合後に)武蔵小杉の駅までタクシーで帰りますが、(川崎サポーターが多いので、遠くの)川崎駅まで出て帰りました。そこから一人、ずっと何も考えられない。『やってしまったな』と思いました」と反省の言葉を口にしました。その後、審判の現場を退いた後、田中選手と都内の喫茶店で偶然会い、当時の誤審をあらためて謝罪したというエピソードも語り、「(田中選手は)『全然いいんです』みたいに言ってくれて。そういう言葉をもらえて、何かが解決するわけではないけど、気持ちは全然違う」と述べています。

2030年へのビジョンと審判環境の向上

JFA審判委員会は「審判委員会のビジョン2030」を策定し、公平で安心安全な試合を楽しめるように、審判員の育成などを推進しています。扇谷さんは、「地元の小学生の試合の審判員もいるし、女子の審判員もいる。審判が安全に楽しんでやれる環境づくりを掲げてやっています」と説明しました。

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審判を取り巻く環境も変化しており、「審判に対する期待が年々上がっています。批判というより、期待だと思っています。審判も試合を楽しめないと、良い試合は作れないと思います。審判もどんどんアップデートが必要になっています」と指摘します。審判は瞬時の判断を要求され、批判も受けやすい立場ですが、「なかなかうまくいかないジャッジもある。でも、日本のサポーターはそういうことへの理解は高いと思いますし、非常に感謝しています。レフェリーに興味を持ってくれる方がすごく増えたと思っていて、それも本当にありがたい」と語りました。

さらに、「ミスジャッジがあった時にはブーイングも出るでしょうし、それで良いと思っています。それがサッカーの良さだと思っています。もしよかったら、良いジャッジした時には、拍手なんかもらえたらうれしいなって思います。日本のサッカーを良くするために皆さんと一緒にやっていきたい」と、審判とサポーターの相互理解を深める重要性を強調しました。