諏訪元郁がアジア大会マラソン競歩代表内定 亡き恩師への恩返しに涙
諏訪元郁がアジア大会マラソン競歩代表内定 恩師への恩返し

諏訪元郁がアジア大会マラソン競歩代表に内定 亡きコーチへの思い胸に涙の勝利

2026年3月15日、石川県能美市で開催された陸上の日本選手権マラソン競歩において、男子は諏訪元郁(愛知製鋼)が2時間58分21秒で優勝し、今秋に愛知・名古屋で行われるアジア大会の代表に内定しました。女子では梅野倖子(LOCOK)が3時間33分47秒で勝利し、ハーフマラソン競歩に続いて代表内定を果たしています。日本選手権の競歩がマラソン距離で実施されるのは今回が初めての試みとなりました。

森林組合での厳しい生活と練習の日々

新潟県立中越高等学校を卒業後、諏訪選手は地元の森林組合でフルタイム勤務をしながら競技を続けてきました。勤務時間は午前6時から午後6時までで、伐採作業は肉体的に過酷なものでした。特に雪が積もる冬場は、1周200メートルの体育館を100周歩くなど、限られた環境の中で練習を積み重ねてきました。「つらかったけど、お尻をたたいて練習した」と振り返る諏訪選手の努力が、今回の栄光につながりました。

転機となった2020年元旦競歩と内田コーチとの出会い

大きな転機は2020年の元旦競歩でした。ここで2位に入賞した諏訪選手は、当時愛知製鋼のコーチを務めていた内田隆幸さんからスカウトを受けます。これにより、現ハーフマラソン競歩世界記録保持者の山西利和選手や、世界選手権とオリンピックに計4度出場している丸尾知司選手と同じチームで練習できる環境を得ました。しかし、チームで設定されるペースは「世界レベル」であり、期待に応えられない自分に悩むこともありました。そんな中、内田コーチは「フォームはよくなっている」と声をかけ、諏訪選手を支え続けました。

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喪章を胸に挑んだ能美市でのレース

昨年12月に80歳で亡くなった内田コーチ。その内田さんが暮らしていた能美市で行われた今回のレースに、諏訪選手は喪章を胸に着けて挑みました。レースでは30キロまでは力をため、後半で勝負をかける作戦を実行。その展開通りに進んだレースについて、諏訪選手は「内田さんが追い風を吹かせてくれている。守り神だ」と語りました。一度は先頭に引き離されたものの、35キロを過ぎてから逆転し、26歳で初の主要国際大会となるアジア大会の代表内定を勝ち取りました。

「少しだけでも恩返しができた」と涙が止まらない思い

優勝後、諏訪選手はカメラマンが求める笑顔をうまくつくれず、涙がにじむ目を必死に開けて笑おうとしました。「少しだけでも恩返しができたと思ったら、涙が止まらなかった」と語るその表情には、内田コーチへの深い感謝と、厳しい練習を乗り越えてきた達成感がにじみ出ていました。記者から「内田さんが生きていたら、どんな言葉をかけられそうですか」と問われると、「『まだまだ』って言われると思います」と笑顔で答え、さらなる高みを目指す決意を示しました。

諏訪元郁選手は、厳しくも愛情深かった恩師・内田隆幸さんのために、アジア大会でのメダル獲得を目指してこれからも歩みを進めていきます。この勝利は、単なる競技上の成果ではなく、人との絆と努力が結実した感動的な物語として、多くの人々の心に刻まれることでしょう。

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