東京マラソンで記者が挑戦 10kg増でも9年ぶりの42.195kmを完走
3月1日に開催された東京マラソンには、国内外から約3万9千人のランナーが集結し、それぞれの思いを胸に都内のコースを駆け抜けた。今年は英語でのコミュニケーションを担う「グローバルボランティア」が初めて導入され、国際的な大会としての色彩を強めた。東京新聞の記者2名も、ランナーとボランティアとして大会に参加し、その熱気と感動を体感した。
10kg増量の記者が9年ぶりに挑戦 沿道の声援が心の支えに
鈴木太郎記者(33歳)は、12年前からランニングを続けており、フルマラソンは今回で5回目となる。しかし、前回の出場は大学院修了直前の9年前で、就職後の不摂生から体重が当時より10kg以上増加していた。定期的にハーフマラソンを走っていたため、中間点までは順調に進み、沿道に手を振る余裕もあった。
しかし、29キロ地点を過ぎた浅草橋駅の高架下付近で、疲れがたまり始めた脚が悲鳴を上げ、呼吸も荒くなった。4月並みの暖かさと序盤のペースの速さが体にこたえ、30キロまで走り続けるという目標は目前で散ってしまった。
心の支えになったのは、見知らぬランナーたちからの温かい声掛けだ。鈴木記者は背中に「9年ぶりの42.195キロ」「体当たり取材中」と書いた張り紙を付けていた。失速した自分を追い抜く先輩ランナーたちから「頑張れよ」と励まされ、その言葉に何度も勇気をもらったという。
歩きと小走りを繰り返しながら日比谷公園にたどり着くと、同僚とのランニング練習でよく通る見慣れた風景が広がった。足取りには再び力が入り、東京新聞本社の近くでは、会社の先輩が顔写真を貼った応援うちわを振ってくれ、胸が熱くなった。
丸の内仲通りから最後の力を振り絞り、ゴールタイムは5時間19分13秒。自己記録より30分以上遅れたが、独特の満足感に包まれた。鈴木記者は「沿道の人たちやランナーが温かく、最後まで心細くならなかったことが大きい」と振り返る。転勤で上京して2年、以前は「東京は人が冷たい」と思っていたが、この大会を通じてその考えが一変したという。
初めてのボランティア体験 外国人の参加で国際色豊かな大会に
神谷円香記者(40歳)は、マラソンでのボランティアが初めての経験だった。午前8時過ぎに集合し、交通規制が始まるとともに机を並べ、大量の紙コップに水を注いで準備を整えた。
まず車いすの選手が通過し、続いてトップ選手が駆け抜ける。この日は暑かったためか、紙コップを取る選手もいたが、一般ランナーが通り始めると状況が一変した。次々と手が伸び、紙コップは何度も倒され、机も足元も水浸しになった。勢いよくつかむランナーのスピードは想像以上で、ボランティアの対応も慌ただしくなった。
大会では初の試みとして、英語でのコミュニケーションを基本とする外国人の「グローバルボランティア」約100人が参加。筑波大学大学院に留学中のザンビア出身、セビー・ルサヤさん(35)は「Drink! 水! ガンバレ!」と陽気に声を掛け、雰囲気を盛り上げた。終了後、「スポーツが大好き。応援を楽しんだ」と語っている。
ピークを越えると机を片付け、皆で応援に専念。グローバルボランティアの英語での声掛けに応じる外国人ランナーの楽しそうな様子も印象的だった。最後のランナーを見送り、コース上に落ちた紙コップを素早く片付けると、にぎやかなお祭りが幕を閉じた。神谷記者は「寂しくなり、またやりたいと思った」と感想を述べている。
東京マラソンがもたらした絆と感動
東京マラソンは単なるスポーツイベントを超え、ランナーとボランティア、沿道の観客が一体となる感動の舞台となった。鈴木記者の9年ぶりの挑戦は、体重増加というハンディを抱えながらも、周囲の温かい声援によって完走を果たした。神谷記者のボランティア体験は、外国人の参加によって国際色豊かになった大会の新たな一面を伝えている。
両記者の体験を通じて、東京マラソンがもたらす人間的な絆と、都市の温かさが浮き彫りになった。約3万9千人のランナーが走り抜けたこの日、東京の街はスポーツの力で一つにつながったのである。



