今年3月、秋に開催される愛知・名古屋アジア大会の正式競技にパデルが追加されることが決まった。これを知った小沢琴巳選手(28)は、感慨深い思いに浸った。「やっと、このステージに来たんだな」と語る彼女は、日本ではまだ馴染みの薄いこの競技で、紆余曲折を経ながら世界のトップレベルを目指してきた。その喜びはひとしおである。
パデルとの出会い
小沢選手がパデルを始めたのは、慶應義塾大学2年生のとき。先輩に誘われて初めてラケットを握った。それまでテニス経験はあったが、パデルの競技性にすぐに惹かれた。最大の特徴は、強化ガラスや金網で囲まれた縦20メートル、横10メートルのコート。強いサーブやスマッシュを打つと、跳ね返り方によっては相手にチャンスを与えることもある。前だけでなく、横や後ろから飛んでくるボールに対応しながら、壁を巧みに使う戦略が求められる。「力技だけじゃなく、考えてプレーする。チェスみたいな競技性に、すごくはまった」と振り返る。
本場スペインでの衝撃
大学の春休みを利用して本場スペインへ渡った小沢選手。現地ではトップ選手だけでなく、一般の人々の生活にパデルが深く根付いていることに感銘を受けた。カフェやジムが併設されたコートが街中に多くあり、老若男女が楽しそうにラケットを振る姿は、体を動かしながら交流できる場として機能していた。もともと国際医療分野に興味があった彼女は、健康分野にも通じるこのスポーツに「自分の方向性に合っている」と感じ、さらにのめり込んだ。大学4年の終わりには全日本選手権で優勝を果たしている。
助産師と競技の両立
大学卒業後は大学病院で助産師として働きながら、競技を続けてきた。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大が暗い影を落とす。国際大会への出場権を獲得しても、医療従事者として職場から海外渡航を止められることが多かった。何とか出場できても、2週間の隔離期間を含めてまとまった休みを取る代わりに、国内では働き詰めの日々。夜勤などの不規則な勤務も重なり、十分な練習時間の確保が難しくなった。
決断:競技者への道
仕事かパデルか。迫られた決断の末、小沢選手は競技者としての挑戦を選んだ。「選手の道を築いていってみよう」と決意し、助産師の仕事を辞めてパデルに専念することにした。
現在の活動と目標
現在はコーチ業などをしながら、欧州やアジアの大会を転々としている。実力者たちとしのぎを削る中で、追い詰められたときの立て直し方など、精神面の強さを養っている。目標はアジア人初の世界ランキング100位以内入り。現在のランキングは133位(5月4日現在)で、着実に成長を重ねている。
アジア大会への期待
アジア大会の日本代表選考会が急きょ決まり、慌ててスケジュールを組み直すことになったが、小沢選手はアジア大会が競技普及の絶好の機会になると捉え、気持ちは高揚している。「競技が大きくなって、子どもたちが『パデルをやろう』というきっかけになればいい」と未来へつながる一打を思い描いている。
小沢琴巳選手のプロフィール
- 出身:静岡県浜松市
- 年齢:28歳
- 経歴:慶應義塾大学在学中にパデルを始める。全日本選手権は2020年度大会、2022年度大会を制覇。世界選手権に2度出場。2025年アジアカップでは日本女子の優勝に貢献。



