羽生結弦、東日本大震災から15年「減災へ誓い」5年後も10年後も伝え続ける
羽生結弦、震災15年「減災へ誓い」5年後も10年後も伝える

羽生結弦、震災から15年「減災への誓い」を語る

東日本大震災の発生から11日で15年を迎える。フィギュアスケート男子で冬季オリンピック2連覇を達成した羽生結弦さん(31)は、この節目に際し、出身地である仙台市で共同通信のインタビューに応じた。羽生さんは長年にわたり、演技や言葉を通じて震災の記憶を風化させないための活動に取り組んできた。

「5年先も10年先も発信し続けたい」

インタビューの中で羽生さんは、「またいつ起こるかもしれない災害に対して、備え続けていくことが必要だ」と強調した。さらに、「減災につなげられるように『3・11』を経験した身として、5年先も10年先も発信し続けたい」と力強く語り、今後も継続的にメッセージを発信していく決意を示した。

被災体験と今も残る恐怖

2011年3月、宮城県立東北高校1年生だった羽生さんは、仙台市内のスケートリンクで練習中に震災に遭遇した。自宅は全壊判定を受け、避難所生活を余儀なくされた経験を持つ。「あの震災がなければ、という思いは、いまだにずっと抱えている」と率直に心情を明かす。

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現在でも、「震度1の揺れであっても条件反射のように体が硬直してしまう。当時の恐怖を感じる」と語り、被災体験が心身に深く刻まれていることを告白した。

被災地の希望の星としての使命

2014年ソチオリンピックで初めて金メダルを獲得して以降、羽生さんは「被災地の希望の星」としての役割を自覚してきた。「被災者としての自身のつらさを認めつつ、寄り添う気持ちを大切にしてきた」と述べ、被災者との共感を基盤とした活動を続けてきた経緯を説明した。

羽生結弦選手は、東日本大震災という未曾有の災害を経験したアスリートとして、単なる競技の枠を超えた社会的な責任を果たし続けている。その言葉と行動は、減災と記憶の継承に向けた重要なメッセージとして、今後も多くの人々に届けられていくことだろう。

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