NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の放送に合わせ、大分県中津市内に伝わってきた豊臣秀吉に関係する文書が、同市歴史博物館で公開されている。新発見された文書2点も初公開されており、同館は「秀吉の新たな文書が発見されるのは珍しい。実物を見て、歴史のロマンに思いをはせてほしい」と期待している。
新発見の書状と朱印状
新発見の文書は、秀吉が播磨国(現在の兵庫県)の武将、稲田清蔵に宛てた書状と朱印状で、どちらも領地を与えるという内容。中津市内の子孫の家から寄贈され、秀吉の文書と確認された。
書状の内容
書状は天正8年(1580年)9月19日付で、秀吉が織田信長の家臣として播磨を平定した時期。「神東郡の内、百石をもって扶助せしむ」という文で始まり、「播磨国神東郡で100石を与える。今年の年貢は6割とすること」などと記している。最後に秀吉の名前である「藤吉郎」「秀吉」と花押がある。
朱印状と稲田清蔵
朱印状は文禄4年(1595年)8月21日付で、播磨国揖東(いっとう)郡の87石5斗を与えるという内容だった。名前や花押の代わりに朱印が押されている。
清蔵がどのような人物かははっきり分かっていないが、秀吉が小田原征伐の折、側室の淀君を京都から呼び寄せた際に迎えに行く役を命じられたり、朝鮮出兵で秀吉に従って肥前名護屋まで供をしたりしたことが別の史料に見える。



