自民党大会の自衛官歌唱問題、等松教授が指摘する「自衛隊の私物化」と政軍関係の危うさ
自民党大会の自衛官歌唱、等松教授が指摘する政軍関係の危うさ

日本における政治と軍事の関係、いわゆる「政軍関係」は、戦前からさまざまな曲折を経てきた。4月に開催された自民党大会において、自衛官の歌手が出演した問題は、その緩みと危うさを浮き彫りにした。防衛大学校の国際関係学科で政治外交史を教える等松春夫教授(63)に聞いた。

問われる自衛隊の政治的中立性

等松教授は、陸上自衛隊の音楽隊員が自民党大会で歌唱した問題について、自衛隊の政治的中立性が問われていると指摘する。日本の政軍関係は、明治憲法下では軍の政治的中立性が重視されていたが、現在の自衛隊にも同様の規範が求められる。

明治憲法下の政軍関係

明治維新直後の1870~80年代には、薩摩や長州中心の藩閥政府と自由民権派の争いが激しかった。特定の政治勢力が軍への影響を強めれば、軍が分裂して内戦に至る危険があった。実際、1877年の西南戦争では一部の軍人が薩摩の不平士族に合流した。明治天皇が1882年に示した軍人勅諭では「世論に惑わず政治にかかわらず」とされ、明治憲法では軍は天皇の統帥権の下に置かれた。これは「軍は特定の政党や政治勢力ではなく国家に属する」という意味だった。

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戦前の軍の政治化

1930年代初め、二大政党による政争で内閣が機能不全に陥り、軍人にとって「政治」は党利党略と映った。しかし、統帥権の独立が裏目に出て、軍自身が政治勢力化し、陸軍は暴走して戦争へ突き進んだ。現在から見れば政治への露骨な介入でも、軍人たちは「政治」ではなく「国事」を担う意識だった可能性がある。

戦後の自衛隊と政治的中立性

戦後の日本国憲法では国民主権が掲げられ、公務員は「全体の奉仕者」とされた。1954年に自衛隊が発足したが、複数政党制の民主主義の下で、実力組織である自衛隊には特に政治的中立性が求められる。首相が自衛隊の最高指揮官となり、閣僚は文民とされた。等松教授は、与党は規範意識を厳しく持つべきだと強調する。

自民党大会の問題点

今回、自民党が党大会で制服姿の自衛官を「陸上自衛隊が誇るソプラノ歌手」と紹介し、壇上で歌わせたことについて、等松教授は「規範意識の弛緩」を指摘する。戦中派が去った自民党では、政軍関係のアップデートが進んでいないという。

今後の課題

等松教授は、自衛隊の政治的中立性を保つためには、与党だけでなく国民全体の理解と監視が必要だと語る。戦前の教訓を生かし、自衛隊が特定の政治勢力に利用されない仕組みを強化すべきだ。

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