「練馬ショック」尾島紘平氏が語る敗因と小池知事への思い
「練馬ショック」尾島紘平氏が敗因と小池知事への思いを語る

東京都練馬区の区長選(4月12日投開票)は、事前の予想を覆す波乱の結果で幕を閉じた。小池百合子都知事の衆院議員時代の地盤の一つでもあったこの選挙で、小池知事が特別顧問を務める都民ファーストの会の元幹事長で元都議の尾島紘平さん(37)が、無所属新人の吉田健一現区長に約3万票もの大差で敗れた。尾島さんは小池知事のほか、自民党の高市早苗政権の閣僚からも応援を受け、強力な組織戦を展開したが、及ばなかった。

この結果は「練馬ショック」と呼ばれ、その後も地方の首長選で自民党が支援する候補が相次いで敗れるきっかけとなった。敗れた尾島さんは今、何を思うのか。小池知事との関係はどう変わったのか。率直な思いを語った。

敗因は「油断と慢心」、連合艦隊の慢心がマイナスの掛け算に

──区長選の敗因は何だったのか。

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「負けに不思議の負けなし」という言葉通り、後から反省と後悔が次々と浮かんできて、それを糧に次につなげようと日々模索しています。私自身の油断や慢心が、さまざまなマイナスの掛け算となって結果に表れたのだと思います。

自民党、国民民主党、東京維新の会、都民ファーストの会と、多くの政党から応援いただきましたが、そのような座組を組むこと自体に満足してしまっていたのではないか。自民党は10年前に小池知事を支援して除名された経緯があり、当時いろいろあった先輩や後輩、同期に囲まれて選挙をやることが非常にうれしかった。ゴールはそこではなかったのに、満足感を得てしまっていた。そこで生まれた油断や慢心が、陣営にも伝染していなかったか。人は鏡ですから。

──旧日本海軍の「連合艦隊」のようだったとの声もある。

それだけの政党看板に囲まれ、選挙戦初日には小池知事や閣僚も参加した豪華絢爛な出陣式を行いました。わっしょいわっしょいと持ち上げられ、「連合艦隊」と見えたでしょう。私を知らない人々からすれば、その中にいる若い兄ちゃんは、政治の世界で立派なキャリアを歩んできたエリートで、自分たちの生活の痛みや苦しみを同じ目線で理解してくれるのかと疑問に思われたのだと思います。

「対話型区政」と言いながら、伝わらなかった

──それは落選して気づいたのか。

そうです。「対話型区政」「住民参加型まちづくり」を掲げていましたが、そのように思ってもらえなかった。年齢やキャリアも影響しています。大学在学中から小池さんのもとで活動し、民間企業で働くことなく26歳で議員になり、11年間突っ走ってきました。生活感がなく、浮世離れしていたのではないか。少なくとも世間様からはそう見えたでしょう。国政選挙ではなく、われわれの街の選挙です。若く、人生経験がなく、政治しかやったことがなく、苦労していないと思われてしまった。事実なので仕方がない。ここまでうまくいきすぎたのです。

ただ、落選して見える景色もあります。こんなに謙虚になれるタイミングもありません。

小池知事との絆、変わらぬ信頼関係

──小池知事がたびたび応援に入ったが、落選はいつ伝えたのか。

開票日の夜、開票所の担当者から連絡があり、票差で落選がわかりました。家族や支援者にどう説明しようかと申し訳ない気持ちでいっぱいでした。まずは妻に伝え、支援者が待つ会場に向かう前に小池知事に電話しました。「厳しい結果になりそうです。申し訳ありません」と伝えると、小池さんからは「大丈夫」と励ましの言葉をいただきました。今回の選挙でメディアは「小池知事の側近」「右腕」と書き、自分でもそうなのだと改めて思いました。

──小池知事との関係は。

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19歳の時に小池事務所の門をたたきました。インターンシップから始め、今回の選挙を手伝ってくれた区議の先生方もその時からの付き合いです。「政治家・尾島紘平」の生みの親は小池さんです。選挙中も1日に4回も応援に来てくれました。当たり前だと思ってはいけないと分かっていながらも、全力で甘えさせていただきました。親はどこに行っても親。切れる縁ではありません。関係はむしろ近くなりました。

──2016年の都知事選で小池知事を支援し、自民党から除名された「7人の侍」の1人。知事とセットで語られることについては。

「小池のお母さんに大切に育てられたんでしょ」というキャラクターからは脱しないと思っています。ただ、「政治家・小池百合子」に一生ついていこうと思って政治家になったので、それは変える気はありません。出身地の大阪から東京に出てきて初めて会った政治家が小池さんでした。早稲田大学に入り、先輩に連れられて行った環境シンポジウムで、当時国会議員だった小池さんが登壇していました。そこで自民党学生部の先輩と知り合い、自民党に顔を出すようになり、小池事務所のインターンシップに入りました。

SNSブロックはもうしない、包摂の重要性を痛感

──選挙戦後半、過去にSNSでブロックしていたことが批判された。

SNSでのネガティブキャンペーンは、マイナスの掛け算の一因になったかもしれません。「この区長候補は同じ目線で物事を見てくれないのでは」という印象に、ブロックの事実が重なり、「やっぱり区民の言うことを聞いてくれない」と思われたでしょう。ただ、これは自分の足跡であり、自業自得です。今はブロックせず、一度受け入れてみようという心境になれました。「ブロックしません」と発信したのもそのためです。包摂、包容が足りませんでした。

今後の展望:政治活動は続け、介護現場を学びたい

──今後の活動については。

政治活動はもちろん続けたい。何よりつらいのは仕事ができないことです。毎朝、違う夢で起きます。ある日は地域包括ケアシステムの構築について医師会の先生方と意見交換する夢、別の日は大江戸線の延伸について役所と詰める夢を見ます。中長期的にはさまざまな選択肢がありますが、都議会や区議会に戻ることはないと思います。今回担いでいただいた方々と戦うことになるからです。少なくとも直近はありません。恩をあだで返すようなことはしません。4年後の区長選か国政選挙を目指すかは未定ですが、早く公のために尽くしたいです。

自らの足りなさに今気づけるメンタリティで、政治家として最悪の経験をしているかもしれませんが、自分は恵まれている方だと思います。落選して仲間が増えました。幸せなことですが、それに甘えずにやっていきたい。

──介護の仕事に取り組みたいと発信していた。

まずは支援者へのお礼とおわび、そして家族の慰労が先です。それが終わってようやく自分のことを考えられます。介護にはもともと興味があり、現場を知りたい。この勉強は必ずやり遂げます。