コンクリート詰めにされた6歳女児、母は死を伏せられ仕送り続ける
大阪府八尾市の住宅で昨年2月、コンクリート詰めにされた状態で発見された岩本玲奈さん(死亡推定当時6歳)の遺体をめぐり、傷害致死と死体遺棄の罪に問われた叔父の飯森憲幸被告(42)の裁判員裁判が大阪地裁で進行中だ。2026年3月13日午後2時には判決が言い渡される予定となっている。
「かわいい、大好きなめいでした」と涙ぐむ被告
被告人質問などで玲奈さんのことを問われた飯森被告は、法廷で何度も涙をぬぐいながら証言した。被告は玲奈さんについて「かわいい、大好きなめいでした」と感情をあらわにしている。
玲奈さんは2000年に生まれ、母親は被告の6歳上で母親が違う異母姉にあたる。被告は子どもの頃、この姉と一緒に生活していた時期があり、勉強についていけず中学校にほとんど通わなかった被告に、姉が勉強を教えてくれたという。
家族の反対押し切って家出した姉の帰還
姉はその後、家族の反対を押し切って家を出ていったが、被告が19歳のときに戻ってきた。きっかけは、姉が契約したレンタル倉庫の業者から「家賃の滞納がある」と被告に連絡が来たことだった。
契約書に記載されていた姉の携帯番号に電話をかけた被告に対し、姉は「食べていくのがしんどい。会いたい」と訴えたという。この連絡を契機に2002年ごろ、姉は八尾市の長屋で被告の父親や祖母とともに暮らし始めた。
2歳の玲奈さんと出会い、「パパ」と呼ばれるように
当時2歳くらいだった玲奈さんは、人見知りが強く姉の後ろに隠れていたが、被告は「かわいいと思いました」と第一印象を語っている。被告は別の家に住んでいたが、週に数回長屋を訪れ、玲奈さんとボール遊びをしたり、チョークでお絵かきするのを見守ったりするうちに、次第に玲奈さんは心を開いていった。
玲奈さんの父親が誰なのかは裁判では明らかにされていないが、このころ玲奈さんは被告を「パパ」と呼ぶようになったという。
母親の家出と祖母の入院、暴力を振るう祖父
2004年、姉は消費者金融への借金返済のため、風俗店で住み込みで働くことになり、玲奈さんを置いて家を出た。被告の父親と祖母が玲奈さんを引き取ることになったが、父親は育てることを渋り、祖母が面倒を見ていた。
しかし翌年、祖母は認知症の症状が現れて入院。1人で玲奈さんを育てることになった父親は、玲奈さんを「こいつ」と呼び暴力を振るうようになったと被告は証言している。
徐々に痩せていく玲奈さん、被告が世話を開始
徐々に痩せていく玲奈さんを見かねた被告は、長屋を訪れて毎日のように世話をするようになった。2006年、父親は「玲奈の面倒はお前が見ろ」と被告に要求。当時無職だった被告は断り、姉の元に帰すか施設に預けることを提案したが、父親は認めず、結局被告が玲奈さんを引き取ることになった。
被告は「父親は短気な人ですぐけんかになる」と説明。小学生のときから父親から暴力を振るわれていたという被告は、10代の頃から逆らわなくなっていたという。
玲奈さんの歓迎と「おじいちゃんが嫌だ」の言葉
一方の玲奈さんは被告との同居を歓迎し、「一緒に住みたい。おじいちゃんが嫌だ」と訴えたという。こうして始まった2人の生活は、釣りに出かけたりゲームセンターで遊んだりと、親子さながらのものだった。
母親は死亡を知らされず仕送り続ける
しかし、玲奈さんがコンクリート詰めにされた後も、母親は娘の死亡を知らされず、仕送りを続けていたことが裁判で明らかになった。叔父である飯森被告が死を伏せていたためだ。
この事件は、子どもの所在確認や住民票の職権消除をめぐる行政の対応にも疑問を投げかけている。朝日新聞の調査によれば、住民票を削除された子どものうち197人が行方不明の可能性があるという。
八尾市の事件は「氷山の一角」との指摘もあり、子どもの職権消除が「軽すぎる」として、立場を超えた議論の必要性が叫ばれている。



