ウクライナ侵略4年、避難デザイナーが子どもの絵で希望を紡ぐ
ロシアによるウクライナ侵略が始まってから、2026年2月24日で4年を迎えた。将来が見通せない厳しい状況の中、大阪府豊中市に避難している服飾デザイナーのナタリヤ・ゴロドさん(49)は、現地の子どもや若者に描いてもらった絵を日本で展示する活動を継続している。その反響を通じて、夢や希望を持ち続けてほしいと強く願っている。
職業訓練学校の女子生徒が描いたデザイン画を展示
ゴロドさんは最近、大阪府箕面市のイベントスペースで、ウクライナの女子生徒が描いた服のデザイン画31枚を展示する企画を実施した。展示期間は3月3日から11日まで。作品は、ゴロドさん自身が学び、教壇にも立った西部ルーツクにある職業訓練学校の女子生徒21人(15~18歳)が制作したものだ。
日本の桜をはじめとする象徴的な植物を取り入れたドレスなど、多彩なデザインが会場を彩り、来場者の目を惹きつけた。展示会では、気に入った作品の作者に宛ててメッセージを書いてもらうコーナーも設けられた。
「色づかいがキュート」「才能を広げて」と応援の声
来場者からは「色づかいがとてもキュートで、実際に着てみたい」「すばらしい才能を大きく広げてください」など、温かい応援の言葉が数多く寄せられた。これらのメッセージはうちわに貼り付けられ、現地の子どもたちに送られる予定だ。現地の子どもたちは翻訳アプリなどを活用して、日本語のメッセージを読むという。
ゴロドさんはこの取り組みについて、「日本での展示は、生徒たちにとって大きな誇りであり、喜びとなっています。創作することは、生きる力を与えてくれるのです」と語る。彼女の言葉には、芸術が持つ癒しと希望の力への深い信頼が込められている。
戦禍を逃れ来日、縫製工場の経営も継続
侵略が始まる前、ゴロドさんは首都キーウなどを中心にアトリエを構え、自身のファッションブランド「N.Gorod」を展開していた。縫製工場も経営し、順調なキャリアを築いていた。しかし、戦禍を受けて2022年6月、長女(17)と共に来日を余儀なくされた。
日本では懸命に日本語を学びながら生活を再建。ウクライナに残る縫製工場では、わずかに残った従業員が製造を続けており、服や付け襟などの製品を取り寄せ、日本で委託販売できるようになった。生活は少しずつ落ち着きを見せ始めている。
「爆弾の音が聞こえる生活」が気がかり
それでも、ゴロドさんの心は常に母国の子どもたちに向けられている。「爆弾の音が聞こえ、寒い地下で眠る生活」を送る子どもたちのことが気がかりでならない。未来に望みを持ってもらおうと、絵を描いてもらい、日本で展示する活動を始めた。
展示会は1年半前にスタートし、今回で8回目を数える。これまでに各地の幼い子どもから20歳までの計約200人の作品を紹介してきた。描いた子どもたちからは「もっと描きたい。また展示に参加したい」といった前向きな反応が寄せられているという。
支援者の共感とさらなる支援活動
ゴロドさんの展示をサポートしてきた大阪府吹田市の橋本紀子さん(43)は、「本人も避難者で不安なはずなのに、若い世代のために活動している。子どもたちの笑顔が見たいという思いからの行動だろう」と語り、その姿勢に共感を示す。
今月17日には、ゴロドさんがルーツクにいる後輩に支援物資を送った。暖かい靴下や毛布、お菓子に加え、展示作品へのメッセージも添えられた。「家族が前線で戦っている子どももいる。私にはもっとできることがある」と、涙ながらに語るゴロドさんの決意は揺るぎない。
ウクライナ侵略から4年が経過した今も、ゴロドさんは絵画展示を通じて、現地の子どもたちに希望の灯をともし続けている。創作が生きる力を与えるという信念は、困難な状況の中でも確かな支えとなっている。



