神奈川県横浜市南区の中村川に架かる吉野橋の近くで、ウクライナ出身のコロモエツ・リリアさん(48)が、母国の味を提供する小さなレストラン「コリブリハウス」をオープンさせた。ソファ席を中心とした2階建ての店舗で、最大20人ほどが入店可能。日本語が堪能な長女のカテリーナさん(31)と2人で切り盛りしている。
人気メニューは伝統のペルメニとヴァレーニキ
看板メニューの「ペルメニ」と「ヴァレーニキ」は、日本の水ギョーザに似た伝統料理。小麦粉を練ったもちもちの皮で、合いびき肉やジャガイモ、マッシュルームなどを包み、ゆで上げる。「ボルシチ」は6種類の野菜と牛肉を3時間かけてじっくり煮込む。角切りにしたビーツやニンジンを塩と油で味付けした「ビネグレット」、魚と野菜を層状に重ねた「シューバ」といったサラダ料理は、彩りが鮮やかで目を引く。ウクライナ産のワインも提供している。
どの料理も素朴で素材の優しい味わいが際立つ。「家庭ごとに代々受け継がれた味がある。レシピは家族だけの秘密」とリリアさんは笑顔で語る。
故郷クリヴィー・リフでの平和な日々
リリアさんは、鉄鉱石の採掘と製鉄が基幹産業で、ゼレンスキー大統領の故郷として知られるウクライナ中東部の都市クリヴィー・リフ出身。2人の娘に恵まれ、幼稚園の給食調理の仕事をしていた。「たくさんの友達がいて、得意の料理の仕事をしていた。幸せだった」と振り返る。
侵攻開始、恐怖の避難生活
2022年2月24日、ロシアによる全面侵攻が突然始まった。最初は鉱山の爆発音かと思ったが、それは全土への爆撃だった。「恐ろしい夢のようだった」とリリアさん。日本人と結婚し横浜で暮らす長女カテリーナさんには「何も起きていない」と電話でうそをついた。「心配させたくなかったし、何より自分が信じたくなかった」と打ち明ける。
娘から日本への避難を懇願されても、「自分の国から逃げたくない」と当初は拒否。しかしミサイルや無人機による攻撃は続き、地下シェルターに何度も家族と逃げ込んだ。友人に促され、2022年4月、次女(15)と友人親子と共に4人で横浜へ避難した。
日本での支援と夢への一歩
言葉も分からない異国での生活にふさぎ込むリリアさんを見かねた日本人有志が、2022年10月から半年間、市内の店舗や祭り会場で料理を振る舞う「ウクライナ食堂」の機会を提供。「最初は不安だったが、日本の人たちは喜んで食べてくれた」。料理店を開き母国の味を広めることが母娘の夢となり、資金を貯め始めた。みなとみらい地区のホテルでベッドメークや清掃のパートとして約2年間働き、「日本人の同僚は優しく仕事を教え、ウクライナのことで共に泣いてくれた」と感謝する。
手作り店舗「コリブリハウス」開店
店のカウンターや棚は母娘で手作りし、2025年10月にオープン。「万歳するほど嬉しかった」。店名の「コリブリ」は、幸せを運ぶ鳥とされるハチドリを意味するという。
現在は定休日の月曜を除き午後5時から11時まで営業。経営が軌道に乗ればスタッフを雇い、昼食営業も始めたいと考えている。また、日本の子どもたちや同郷の避難民を招き、料理を楽しむイベントを開く夢も描く。
侵攻から4年、平和への願い
侵攻開始から4年が経過。次女は今も大きな音を怖がる。惨状を伝える報道は減ったが、「多くの人が亡くなり、母国は今、前よりもっと大変」とリリアさんは嘆く。「料理を通じてウクライナへの関心を深めてもらい、一緒に平和を願ってほしい」と語る。
横浜市のウクライナ避難民支援の現状
県によると、ロシア侵攻を受けて県内には146人(2026年3月末現在)が避難し、うち109人が横浜市で暮らす。市は侵攻直後の2022年度、主に補正予算で1億2527万円を投じて支援したが、予算規模は年々縮小。2025年度は3641万円となった。2026年度も市営住宅の無償提供や相談窓口は継続するが、多くの人が就労・就学し地域とのつながりができたとして、2022年4月から横浜国際協力センター(西区)で開いていた交流カフェは2026年3月に閉鎖された。



