江戸時代の名物「道晴餅」が約200年ぶり復活 山科の住民らが史料から再現し茶屋も開店
江戸時代の名物「道晴餅」約200年ぶり復活 山科で茶屋開店 (12.03.2026)

江戸時代の旅人気分で味わう幻の甘味

江戸時代に東海道・四ノ宮(現・京都市山科区)で旅人をもてなした名物「道晴餅(どうはれもち)」が、地元住民たちの手によって約200年ぶりに復活しました。史料を基に再現されたこの餅は、同名の茶屋で提供され、現代の訪れる人々に東海道を行き交う旅人気分を味わわせてくれます。

史料から読み解かれた幻の味

道晴餅は、現在の京阪京津線「四宮駅」近くにあった茶屋で提供されていたと伝わります。江戸時代のガイドブック「東海道名所図会」には「四宮村に道晴茶屋といふ餅の名物あり」と記載され、「木曽路名所図会」には串刺しの平たい餅の絵が残されています。当時の茶屋は刀を差した武士や子ども、巡礼者、米俵を背負う労働者らでにぎわい、その人気を今に伝えていますが、閉店とともに途絶え、レシピも失われていました。

2015年、地元の郷土史家で作家の浅井定雄さん(75)が、区民対象の史跡巡りを企画中に絵図や文献で道晴餅を再発見。2025年2月には、山科のまちおこしを目指す地元の和菓子店やカフェ店主らと「やましな道晴餅復活プロジェクト」を立ち上げ、絵図を手がかりに再現に挑戦しました。

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試行錯誤を経て完成した現代版

レシピ作成を担当したのは、どら焼きで知られる和菓子店「京菓子匠 萬屋琳窕(よろずやりんちょう)」の2代目・戸島健一朗さん(40)です。山科区で生まれ育ち、製菓専門学校を経て2011年に家業を継いだ戸島さんは、「ふるさとの名産を復興したかった。和菓子の製法は江戸から大きく変わらず、取り組みやすかった」と振り返ります。

プロジェクトメンバーは、「旅人向けなら腹持ちがいいはず」「餅の黒い部分はタレ? 焼き色?」「子どもがおいしそうに食べているから甘いのでは」などと議論を重ね、江戸時代の食材を調べながら試作を繰り返しました。約2か月がかりで開発された復活版の道晴餅は、上新粉を練って蒸した生地を串に刺して焼き、西京みそと黒砂糖で作ったこくのあるタレをかけたものです。

戸島さんは「時代や年齢を超えて愛される味を模索した」と語り、2025年3月下旬に区内のスイーツイベントで披露。同年4月からは萬屋琳窕や「山科わかさ屋」などで販売が開始されました。

茶屋で焼きたてを楽しめる新たな試み

さらに、「茶屋で焼きたてを食べて、ほっこりしてほしい」という思いから、2026年3月7日には萬屋琳窕椥辻店の一角に道晴茶屋がオープンしました。ここでは卓上で客自らが餅を焼き上げるユニークな体験が可能で、ミニサイズ(1個30グラム)3個に3種類のタレと飲み物のセット(税込み1700円から)や、単品の通常サイズ(同100グラム、同350円)が提供されています。

戸島さんは「江戸から続く物語の新たな一章を紡ぎたい」と意気込みを語ります。山科は古くから交通の要衝として栄え、北国や東国から京を目指す旅人が逢坂山峠や小関越を経て訪れる地でした。街道筋には多くの茶屋が立ち並び、餅だけでなくあめや絵画、薬など多彩な品が売られていたと伝えられています。

地域の歴史を伝える取り組み

浅井さんは「道晴餅の物語を通して、旅人をもてなした山科の人たちの心を知ってほしい」と話し、2026年3月28日には区内の市立小学校で児童や地域の人々を対象に講演を行い、餅をふるまう予定です。この取り組みは、単なる名物の復活にとどまらず、地域の歴史や文化を次世代に伝える貴重な機会となっています。

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江戸時代の旅人たちを魅了した味が、現代の技術と情熱によってよみがえり、新たな形で山科の魅力を発信しています。道晴茶屋は、歴史と現代が交差する空間として、訪れる人々に独特の体験を提供しています。