中国を黙らせる歴史的証拠「尖閣1660」事件を徹底解説
中国を黙らせる歴史的証拠「尖閣1660」事件

作家・ジャーナリストの門田隆将氏と、長崎純心大学准教授の石井望氏が、月刊『正論』2026年6月号の対談で、尖閣諸島(沖縄県石垣市)の領有権に関する新たな歴史的証拠を提示した。その核心は、1660年にオランダ船が尖閣諸島の一つ「トリシマ」に漂着した事件であり、オランダ商館日誌に尖閣が日本領であると明記されていた点にある。

尖閣をめぐる中国の圧力と歴史的証拠

門田氏は、中国が昨年から4カ月以上にわたり尖閣諸島周辺海域に海警局の船を侵入させ、日本への圧力を強めている現状を批判。「尖閣は中国領」と主張する中国に対し、歴史的な反証が必要だと述べた。石井氏は、長年尖閣研究を続ける中で、江戸時代前期の1660年に遡る史料を発見。オランダ商館日誌などに、尖閣を日本領とする記述があったことを明らかにした。

「トリシマ」漂着事件の詳細

1660年6月、台湾東海岸沖を北上していたオランダ船「ハープ号」が濃霧で方向を見失い、「トリシマ」に漂着・遭難した。この「トリシマ」は、当時の常識では尖閣諸島の一部であり、オランダ商館日誌には「トリシマは琉球に属し、日本が統治している」と記載されていた。日本側は漂着した船員や貨物を発見・救助。与那国島の島民が主な貨物を搬出し、薩摩藩の船で長崎まで運び、長崎奉行から出島のオランダ屋敷に引き渡されたことが確認できるという。

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門田氏の著作との関連

門田氏は、自身のノンフィクション『尖閣1945』(産経新聞出版)で、尖閣諸島の一部が「鳥島(トリシマ)」と呼ばれていたことを記述している。魚釣島から東に5キロの位置にある鳥島は、北小島と南小島の二つの小島から成り、古くから「魚釣島」と区別されていた。同書では、昭和20年夏の尖閣戦時遭難事件で、漂流民が鳥島に海鳥を採りに行き、帰還に苦しむ悲劇が描かれている。また、尖閣を開拓した実業家・古賀辰四郎も、アホウドリの羽毛採取で事業を拡大した。石井氏の発見した「トリシマ」の名称は、この歴史と完全に一致する。

日本統治の実態

石井氏によれば、オランダ商館日誌には、トリシマで救助された水夫たちの治安が日本側によって保たれたと記録されている。日本側の統治が行き届き、船員が救助されたことで、オランダ側はトリシマが日本のものだと認識したという。門田氏は「トリシマ=尖閣諸島」は間違いないと断言し、石井氏も同意する。この発見は、尖閣が江戸時代から日本領であったことを示す重要な証拠の一つである。

対談の意義と今後の展望

門田氏は、石井氏からこの話を聞いた際に驚き、尖閣の領有権を主張する上で極めて重要な史料だと評価した。石井氏は、オランダ商館日誌の記述が、尖閣が歴史的に日本領であることの直接的な証拠になると強調する。両氏は、この発見が中国の領有権主張を覆す有力な根拠となると期待を示した。なお、対談の続きは「週刊正論+」の会員限定で読むことができる。

プロフィール

門田隆将(かどた・りゅうしょう):作家・ジャーナリスト。1958年生まれ。中央大学法学部卒業。新潮社に入社し、「週刊新潮」デスクなどを歴任。2008年に独立。著書に『尖閣1945』(産経新聞出版)など多数。同作を原作とする映画も製作され、クランクアップ・編集中。

石井望(いしゐ・のぞむ):長崎純心大学准教授。1966年生まれ。京都大学文学部中国語学中国文学科卒業。蘇州大学中文系修士課程修了。京都大学同研究科博士課程学修退学。長崎大学総合科学大学講師などを経て現職。著書に『尖閣反駁マニュアル百題』(自然食通信社)など。

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