24年の連載に幕、能楽漫画「花よりも花の如く」が完結
繊細で美麗な絵と綿密な取材による描写で知られる漫画「花よりも花の如く」が、24年にわたる連載を終え、最終24巻が刊行されました。作者の成田美名子さんが室町時代に大成した日本の伝統芸能・能に取り憑かれ、その魅力を描き続けた大作がついに完結を迎えました。
若き能楽師の成長物語と能の世界
「花よりも花の如く」は、江戸時代から続く能楽一家の外孫である若き能楽師・榊原憲人の成長を描いています。舞台で研鑽を積みながら、自分自身と芸を見つめ、能楽師として成熟していく過程が丁寧に描かれています。日常生活における恋心や対抗心など、憲人が感じる様々な感情や置かれた環境が、能の演目と重なり合い、現代の読者にも共感しやすい物語となっています。
この作品は前作「NATURAL」のスピンオフとして、2001年に読み切りが掲載され、2002年から漫画誌「メロディ」(白泉社)で連載が開始されました。憲人を主人公に選んだ理由について、成田さんは「ぼやっとして、得体がしれない感じがありました。彼には余白がいっぱいあったからじゃないでしょうか」と語っています。
能との出会いと創作への情熱
成田さんが能と初めて出会ったのは、高校の古典の教科書にあった「羽衣」がきっかけでした。高校3年生になる前の春休みに初めて「葵上」を観劇し、ひと目ぼれしたそうです。しかし、青森県で暮らしていたことや、東京に来て漫画家デビューした後も多忙さから、能に触れる機会は長くありませんでした。
本作を描き始めた当初、成田さんは能についてほとんど知識がなかったといいます。「とにかく決まり事が多くて、一つも間違えられないのでめちゃくちゃ大変。ど素人ですから、年間100番目指して全国各地で観劇しました。世の中に出ている能関係の入門本はくまなく買い、漫画を描きながら自転車操業で勉強しました」と当時を振り返ります。
徹底した取材と日本画の技法
創作にあたっては、装束の虫干しの手伝い、着物の着付け実演、楽屋公開のほか、能の関連施設や海外公演にまで足を運びました。ディテールへのこだわりは強く、装束の柄はスクリーントーンを自作したほどです。連載中には通信制の美大で日本画を学び、カラー原稿は絹に描くなど、その技法を取り入れました。
「色の感じ、日本の伝統色がぴったりはまりました。印刷に出ないのはわかってるんですけど、金箔を貼ったり」と語る成田さん。タイトルに合わせ、カラー原稿は極力、花を描くように心がけたそうです。
物語のクライマックスと能の神髄
物語には数多くの能の演目が登場します。クライマックスは、憲人が能楽師にとっての登竜門である「道成寺」を披いた(初めて演じた)場面。そして、師匠である祖父が「能における花とは」と問いかけ、憲人は祖父が舞う「朝長」で能の神髄に触れ、物語は幕を閉じます。「最初も最後も『朝長』と決めていました」と成田さんは語ります。
能の魅力は「説明がないところ」
作品のタイトルについて、成田さんは「どういう意味なんだろうといまだに考えています。結局答えは文章で書けなかった。でも私は答えを見ていると思ったので、そのまま漫画で描いて。これは言葉ではないという気持ちになりました」と述べています。
能の魅力について、「説明がないところ」と語ります。「小道具もほんのちょっと。自分で自由に想像出来る。役者さんと観客の想像力と経験が一致した瞬間に奇跡が起こる。それがもうたまらない」とその魅力を熱く語ります。
好きな作品を挙げてもらうと、「『天鼓』はノリノリで謡いながら見てる。『朝長』も抜群に好きだし、『羽衣』も謡いながら。『自然居士』はよくみんな黙って聞いているなと思って。私は笑いたくて仕方がない」と、能への愛が止まりません。
漫画家としての歩みと日本文化への想い
成田さんは幼い頃から手塚治虫や少女漫画など、あらゆる漫画を読んできました。漫画を描くようになったのは、入院したいとこに賞金でお見舞いを渡すためでした。能を初めて見た高校3年生になる前の春休みに出版社に持ち込み、1977年、高校在学中の夏にデビューしました。
「デザイン学校に行こうと思っていたのに、その前にうっかりデビューしちゃって。3年ぐらいたって、漫画家としてしばらく続けてみようかなと」と当時を振り返ります。その後、「エイリアン通り(ストリート)」や「CIPHER(サイファ)」と、アメリカを舞台にした作品で人気を博しました。
「アメリカにいた、いとこに定期的に台所で出るゴミを送ってもらいました。大きなジュースのタンクとか卵の紙パックとか。想像力の助けになりました」と創作の裏側を明かします。
四半世紀にわたる連載と伝統文化への危機感
「アメリカ文化を描きながらも、ずっと日本文化が好きでした」と語る成田さん。そして「(頭に)降ってきた」という「花よりも花の如く」は、四半世紀弱も続き、無事に完結。累計発行部数は250万部を超えています。
「見返すと、日記のようだなと思うんです。その時の自分をくまなく描いている。謡の文字を書いてくれて支えてくれた父が途中で亡くなり、どん底だったこと、その後、通信制の大学で日本画を学んだこと。ある意味、憲人の人生と変わらないなと」と作品を振り返ります。
昨今、映画「国宝」のヒットなど、伝統文化への関心が高まっていますが、それでも「今、私たちの世代が頑張らないと、日本のいいものが消えてしまう危機感があって。誰かが守っていかないと」と語ります。「着物を着て、能の舞台を見に行って応援したい」と、今後も日本の伝統文化を愛し続けることを誓っています。
成田さんおすすめの能楽演目
成田さんに観劇のコツと初心者におすすめの演目を聞きました。「図書館を利用するか自分で簡単な本を1冊買って、簡単なあらすじを事前に読む。当日は読まない。写真を見て、笑っているのかな、悲しいのかなと、想像力を働かせてほしい。その気持ちで舞台を見ると楽しめますよ」とアドバイスします。
おすすめの演目として以下の3作品を挙げています:
- 葵上:光源氏の正妻・葵上に取りついた物の怪の正体を突き止める物語
- 土蜘蛛:病床の源頼光の前に現れた怪しげな僧と土蜘蛛の精の戦い
- 羽衣:天人が漁師に衣を返してもらい、舞を披露して天空へ帰る美しい物語
なお、成田美名子原画展が4月14日まで、東京・豪徳寺の旧尾崎テオドラ邸で開催されています。前期(3月25日まで)と後期(3月27日~4月14日)で展示替えがあり、予約制で前売り券1000円、当日券1500円です。



