西洋芸術音楽の伝統を打ち破り、20世紀以降の新しい音楽への道を切り開いた重要な作品の一つが、イーゴリ・ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」です。この作品は、ディアギレフ率いるロシア・バレエ団のために作曲され、最大の革新はリズム法の拡大にありました。それまでの単純な3拍子や4拍子といった拍節法から脱却し、全く新しい音楽的表現を生み出したのです。
「春の祭典」と4手ピアノ版の深い関係
20世紀を代表する管弦楽作品として名高い「春の祭典」ですが、ストラヴィンスキーは4手ピアノ(連弾)版も手がけています。その最大の理由は、ロシア・バレエ団の稽古のためでした。振り付けや練習の段階で大編成のオーケストラを呼ぶことは、経済的にも物理的にも不可能であり、そこで代役を果たしたのがピアノです。「春の祭典」は響きが濃厚でリズムも複雑なため、ピアノ独奏では音の重なりやエネルギーを十分に表現できず、2人で1台を弾く4手ピアノの形が採用されました。
さらに、ストラヴィンスキーはピアノを弾きながら創作するタイプの作曲家で、「春の祭典」もオーケストレーションを施す前の段階で、ピアノで演奏できる形の骨格が出来上がっていました。彼にとってピアノ版は単なる編曲ではなく、作品の純粋な構造を留めるものでもあったのです。
出版と普及の歴史
実は、楽譜の出版は4手ピアノ版(1913年)の方が先で、管弦楽スコアは8年後の1921年にようやく刊行されています。当時は録音技術が未発達で、多くの人にとって音楽を聴く手段は生演奏に限られていました。そこで重宝されたのが、4手や2台ピアノなどの編曲版です。
19世紀以降のヨーロッパでは、ピアノは中産階級の教養の象徴となり、多くの家庭に普及しました。4手や2台ピアノ版の楽譜は、家庭やサロンでオーケストラ作品を知り、楽しむための主要な「メディア」として機能していたのです。音楽の専門家や学生にとっても、ピアノ編曲版はオーケストレーションの骨格を理解する上で役立つものでした。「春の祭典」の斬新なリズム語法も、ピアノ編曲版の方が効率よく把握できます。
ドビュッシーとの伝説的な連弾
4手ピアノ版にまつわる最も有名な逸話は、1912年に行われたクロード・ドビュッシーとの演奏です。オーケストラスコアの完成前、ストラヴィンスキーは音楽学者の友人ラロワの家で、当時すでに大家だったドビュッシーと「春の祭典」第2部を連弾しました。ストラヴィンスキーが低音部、ドビュッシーが高音部を受け持ったそうです。ドビュッシーはその音楽に衝撃を受け、「私たちが『春の祭典』をピアノで弾いたことは頭から離れません。それは壮麗な悪夢のように私にとりついています」と語っています。
水戸芸術館で開催される演奏会
水戸芸術館では、この「春の祭典」4手ピアノ版を取り上げる2台ピアノの演奏会を7月2日に開催します。出演は、小澤征爾さんの指名により2008年の水戸室内管弦楽団の第3回ヨーロッパ公演でソリストを務めた児玉桃さんと、その姉で14歳の時にパリ国立高等音楽院に最年少入学した才人・児玉麻里さんです。「ちょっとお昼にクラシック」と題した公演時間1時間、入場料1500円のアフタヌーン・コンサートです。皆さまのご来場をお待ちしております。
チケットの予約や問い合わせは、水戸芸術館チケット予約センター(電話029-231-8000)へ。(水戸芸術館副館長・中村晃)=毎月第3土曜日掲載



