高槻ジャズストリート、市民の熱意で存続危機を乗り越え28回目開催へ
高槻ジャズストリート、市民の熱意で28回目開催へ (08.03.2026)

街角に響くジャズの調べ、市民の手で育てられた音楽祭

ゴールデンウィークに大阪府高槻市の街角で繰り広げられる「高槻ジャズストリート」は、日本最大級の手作り音楽イベントとして知られています。実行委員会チェアマンの大田大地さん(46)は、「誰でも気軽に音楽を楽しんでほしい」という思いから、全会場の入場無料を貫き続けています。市民ボランティアによる運営が特徴で、時には存続の危機に直面しながらも、ファンや出演者の支えで乗り越えてきました。

まちおこしから始まったジャズの祭典

高槻ジャズストリートは1999年に始まりました。連休中に閑散としていた市中心部ににぎわいを呼ぼうと、商店主らが企画したもので、当初はまちおこしの目的が強かったのです。実行委員会メンバーは、世界的なトランペット奏者である日野皓正さんの出演を熱望。つてはありませんでしたが、日野さんのライブ会場近くで直談判しました。無理なお願いだったにもかかわらず、日野さんは「誰でも楽しめる」というジャズストの趣旨に共感し、出演を快諾してくれたのです。

初回公演では、日野さんの出演もあり、十数会場に約5万人を集める大成功を収めました。当日、実行委は出演料として屋台の売り上げや寄付をかき集めて手渡しましたが、日野さんは「俺のものだから好きにしていいよね」とそのお金を寄付として返し、「絶対続けろよ」と激励の言葉をかけました。この出会いが、イベントの発展に大きく貢献することになります。

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拡大を続ける音楽イベントの軌跡

イベントは次第に規模を拡大し、会場も多様化していきました。ホールや学校のグラウンド、バーやカフェに加え、企業の施設、百貨店の屋上、駅の高架下など、音楽と直接関係のない施設にも協力が広がりました。日野皓正さんをはじめ、ボーカリストの阿川泰子さん、ジャズピアニストの山中千尋さんなど、国内外で活躍するミュージシャンが参加するようになりました。

コロナ禍前の2019年には、出演会場は約70カ所、出演者は約850組に上りました。出演を希望するバンドはさらに多く、会場ごとの抽選倍率が60倍に達したこともあります。「ジャズストの出演が目標」「このステージのために1年間練習してきた」と語る出演者も多く、音楽家にとって重要な舞台となっています。

ピーク時には全国から10万人以上が来場し、毎回の運営ボランティアは1000人を超えます。大田さん自身も本業はバーの店長で、約25年前から実行委員会の活動を続け、チェアマンを9年間務めています。「こんなに大きなイベントになるなんて、全く予想できませんでした。ジャズを通じて高槻の地名が広く知られ、街の誇りにもつながっているのではないでしょうか」と語ります。

存続の危機と市民の力による再生

入場無料を堅持するジャズストリートは、企業の協賛金やオリジナルTシャツの販売などで運営費用を賄ってきましたが、コロナ禍以降は深刻な危機に直面しました。2020年と2021年は開催直前に緊急事態宣言が出て、2年連続で中止を余儀なくされました。準備を進めていたため多額の赤字が生じましたが、Tシャツのオンライン販売などで全国のファンから支援が集まり、再開にこぎ着けました。

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しかし、物価高の影響で2024年の開催後には赤字が750万円に膨らみ、存続の危機に陥りました。そこで2025年春にクラウドファンディングを実施。目標の750万円に届かなければ、同年の開催で終了することも検討していました。ところが、全国の1020人から目標を大きく上回る911万5000円が寄せられ、今年も28回目として5月3日、4日の両日に開催できることになったのです。

「出演者や観客らが熱い思いで支援し、ここまで育ててくれました。実行委の僕らもそれに応え、誰もが楽しめるイベントとして続け、高槻の街を盛り上げたいですね」と大田さんは語ります。

音楽に支えられた人生と街との絆

大田大地さんは摂津市生まれで、専門学校時代にはプロを目指してロックバンドのドラムに取り組んでいました。高槻ジャズストリートの会場用に楽器を貸し出したことがきっかけで実行委員会に加わりました。結婚を機に21歳から高槻市に住み続け、現在はバーの店長を23年務めています。そのバーはジャズストリートの会場の一つでもあり、普段からジャズなどのライブを開催し、若手ミュージシャン育成の場にもなっています。

高槻ジャズストリートは、単なる音楽イベントを超え、市民の手で育てられた街の文化遺産として確固たる地位を築いています。困難な状況の中でも、音楽への愛と地域への思いが、多くの人々を結びつけ、未来へとつなげているのです。