亀田誠治が明かす、音楽人生を変えた二人の巨人
音楽プロデューサーとして第一線で活躍する亀田誠治氏。彼が困難に直面した際に手に取るのは、『論語』か、あるいはクインシー・ジョーンズの自伝だという。クインシー・ジョーンズは、ミュージシャンとしてもプロデューサーとしても、亀田氏にとって永遠の憧れであり目標である。
音楽プロデューサーの仕事は多岐にわたる。方向性の決定、演奏や編曲の考案、予算の確保など、アーティストごとに求められる役割は千差万別。亀田氏は、こうした臨機応変な対応ができるよう、日頃から準備を怠らないという。
クインシー・ジョーンズとの共演
2013年、クインシー・ジョーンズが80歳で迎えた東京国際フォーラムでの公演。その際、日本のミュージシャンによる「トリビュート・パート」が設けられ、亀田氏がプロデュースとベースを担当した。公演のクライマックスでは、日米の全出演者による「ウィ・アー・ザ・ワールド」の大合唱が行われ、会場は感動に包まれた。
2年前に亡くなったクインシー。亀田氏は「社会で困っていることがある時、チームとともに音楽の力でより良い方向へ向かおうという精神は、彼からもらった」と語る。
ポール・マッカートニーとの出会い
ベーシストとしての憧れであるポール・マッカートニーとも、同じ年にアメリカで会う機会があった。ポールの東京ドーム公演を前にしたその機会、ポールは亀田氏と一緒に訪れた湯川れい子先生とのみ会おうとしたが、亀田氏がベーシストだと説明すると、一気に打ち解けて会話が弾んだ。
亀田氏は「憧れの2人に会えたのは、日ごろから『クインシーが好き』『ポールが好き』と言っていたから。好きなことを口にしていると、ちょっぴりいいことが転がり込んでくる」と振り返る。
亀田誠治氏は現在、日比谷音楽祭の実行委員長も務めている。音楽プロデューサーとしての活動と並行し、音楽の力を通じて社会に貢献する姿勢は、クインシーから受け継いだ精神そのものだ。



