TOKYO発 群馬県のニュース 芸能 須藤英治記者 2027年の大河ドラマ主人公「小栗忠順」 非業の死をとげた地をめぐって知った、地元住民たちの「願い」 2026年4月24日 12時00分 有料会員限定記事
来年のNHK大河ドラマ「逆賊の幕臣」の主人公に決まった小栗忠順(ただまさ、1827~68年)。江戸幕府の要職を歴任し、「明治の父」と呼ばれたが、明治新政府軍によって斬首された。非業の死を遂げた権田村(現群馬県高崎市倉渕町)には功績を伝える史跡・資料が多く残る。ドラマの予習として訪ねた。(須藤英治)
幕府崩壊後に移住 村人からは慕われ
道の駅「くらぶち小栗の里」では、「高崎市 ゆかりの幕臣 小栗上野介」と書かれたのぼりが風にはためいていた。上野介(こうずけのすけ)は官職名。偉人の復権に力を注ぐ地元住民らの思いが伝わってきた。
神田駿河台(東京都千代田区)の旗本の家に生まれた小栗。幕府崩壊後に江戸を離れ、領地の権田村に移り住んだ。官軍(西軍)に処刑されるまでの約2カ月に宿舎としたのが、曹洞宗東善寺。本堂左側に小栗の胸像が静かにたたずんでいた。
その裏には小栗と子の墓(群馬県指定史跡)が立つ。隣のツバキは、小栗が江戸の屋敷で丹精していた鉢植えのものといい、今では大きく育っている。墓からさらに高台に進むと、小栗の本墓がある。村人は斬られた首を取り戻し、遺体とともにこの地に埋めた。身ごもっていた妻や娘らは会津まで逃がした。この逸話から小栗が村人に慕われていたことが分かる。
遣米使節をめぐる歴史の誤解
訪れた日は、村上泰賢(たいけん)住職(84)が講話をしていた。「上野介の偉業がきちんと伝えられていない。これなんか象徴的なんですよ」と、切手を指さした。
日米修好通商百年記念の切手には咸臨丸(かんりんまる)が描かれている。「遣米使節は(米国軍艦の)ポウハタン号で米国に行きました。咸臨丸はあくまで護衛船という名目の練習航海で、使節が乗った船ではありません。咸臨丸=勝海舟で、いまだに咸臨丸が使節の船で、勝海舟が使節と誤解している人がいるんです」と村上住職。大河ドラマをきっかけに、誤解が解けることを願う。小栗の記念館を寺の近くに建設する予定で、寄付を募っている。
小栗は遣米使節目付として米国に渡り、世界一周。外国奉行や勘定奉行なども歴任した。日本の近代造船の礎となった横須賀製鉄所(造船所)の建設も提案。船だけでなく、外国人が泊まるホテルの厨房(ちゅうぼう)の鍋や食器なども作らせた。横須賀米軍基地にある石造のドックは今も現役。小栗は近代日本のレールを敷いたといえる。
東郷平八郎が遺族に贈った言葉
東善寺本堂には東郷平八郎の書が飾られていた。「日露戦争に勝利したのは小栗さんのおかげ…」と東郷が小栗の遺族に贈ったという。書は寺に寄付された。
村上住職の講話には2グループの8人が耳を傾け、小栗の功績と人柄に理解を深めていたようだ。
東善寺を出て、南へ4キロ進んだ河川敷に大きな顕彰慰霊碑が立つ。ここが終焉(しゅうえん)の地となった。その碑文にはこう書かれている。「偉人小栗上野介 罪なくして此所(ここ)に斬らる」
東善寺 参拝は午前8時~午後5時。小栗の墓参りは無料で、本堂・庫裏と遺品館の見学は大人200円。村上住職の講話は1グループ(10人まで)7000円(追加1人700円)。要予約。交通アクセスはJR高崎駅からバスで1回乗り継ぐか、北陸新幹線安中榛名駅からタクシーで約20分。詳細は寺の公式ウェブサイトで確認を。問い合わせは同寺=電027(378)2230=へ。



