JR西日本元会長・倉内憲孝氏が老衰で死去 尼崎脱線事故後に経営再建を指揮
JR西日本の元会長・倉内憲孝(くらうち・のりたか)氏が3月26日、老衰のため死去した。90歳だった。福井県出身。葬儀は近親者のみで執り行われ、喪主は長男友孝(ともたか)氏が務めた。後日、お別れの会が開かれる予定である。
住友電工での実績と通信事業拡大
倉内氏は1991年に住友電気工業の社長に就任し、1999年からは会長を務めた。在任中は光ファイバーを中心とする通信関連事業の拡大に注力し、同社の増収基盤を確固たるものに築き上げた。この実績が評価され、後のJR西日本での役割に繋がることとなる。
尼崎脱線事故後の混乱収拾に尽力
2005年4月に発生した尼崎脱線事故は、JR西日本に大きな混乱をもたらした。事故の責任を取って南谷昌二郎会長が辞任した後、経営の監視と監督を強化する役割を期待され、倉内氏は2006年に同社の会長に就任した。
2012年までの在任期間中、倉内氏は事故の再発防止を最優先課題と位置付け、自動列車停止装置(ATS)の整備を積極的に推進した。この取り組みは、鉄道の安全対策における重要な一歩として評価されている。
倉内氏のリーダーシップは、組織の立て直しと信頼回復に大きく寄与し、JR西日本の経営再建に導いたと言えるだろう。



