亀田誠治が語る椎名林檎との出会いと合言葉「ないがちが最高!」
亀田誠治が語る椎名林檎との出会いと合言葉

音楽プロデューサーとして数多くのアーティストと作品を手がけてきた亀田誠治氏。その中でも、椎名林檎との出会いは彼のキャリアにおける大きな転機となった。デビュー前の椎名林檎と都内の自宅スタジオで初めて会った際、彼女は「東芝EMI 椎名林檎」と書かれたオリジナル名刺を差し出し、その後、CD棚から美空ひばりやマライア・キャリーなど多彩なCDを取り出しては歌い踊ったという。亀田氏は「面白い子だな」とすぐに意気投合した。

ヒット曲誕生の舞台裏

1999年のファーストアルバム「無罪モラトリアム」、そして2枚目の「勝訴ストリップ」では、亀田氏が編曲とプロデュースを担当。録音は主に天王洲と溜池の東芝EMIスタジオで行われた。これらの作品は社会現象となるほどの大ヒットを記録し、収録曲「丸ノ内サディスティック」は今もサブスクリプションサービスで人気を博している。また、「ギブス」は亀田氏が自身の棺に入れてほしいと語るほどの思い入れのある曲だ。

合言葉「ないがちが最高!」

亀田氏は椎名林檎の独特な歌詞に対する指摘もあったが、次世代の才能を信頼し、誰も聴いたことのない音楽を創り上げているという手応えを得ていた。二人の間には「ないがちが最高!」という合言葉があった。これは「あの曲みたいでカッコいい」という「ありがち」とは正反対のものを目指すという意味だ。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

亀田氏は現在、日比谷音楽祭の実行委員長も務めており、2026年の開催に向けて準備を進めている。彼の音楽プロデューサーとしての歩みは、椎名林檎との出会いから大きく花開いたと言えるだろう。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ