文化 千代田区 清水祐樹記者
「遅かれ早かれなくなる」と思いきや…なんと50年。コミケ運営者が語り合った「これまで」と「これから」
2026年5月17日 18時00分
〈101回目からのコミックマーケット〉番外編
コミックマーケット50周年を記念したトークイベントが4月、明治大駿河台キャンパス(東京都千代田区)で開かれた。コミケの新旧代表らが初期の裏話や規模が拡大していった過程、今後の展望などを語り合い、記者も興味深く聞き入った。印象に残った発言を抜粋して紹介したい。(清水祐樹)
新旧代表らがコミケについて語り合ったトークイベント
4月18日、東京都千代田区の明治大駿河台キャンパスで開催されたこのイベントには、約700人の聴衆が集まった。これは第1回コミケの参加者数とほぼ同じである。
◆当初からいろんな作品に出会えるシステム
「ネットは独り勝ちの世界。人気のあるもの以外は全く見られない。コミケは当初からいろんな作品に出会えるシステムだった」
明治大国際日本学部の藤本由香里教授の冒頭のあいさつには、大いにうなずかされた。コミケにサークル参加しようとすると、人気ジャンルほど落選する可能性が高い。逆に少ないジャンルの方がチャンスがあるからだ。商業誌にはできないようなマニアックな同人誌を発見する楽しさが、コミケの良さなのだ。
◆最初に始めたスタッフ全員が「初代代表」
初代代表の原田央男(てるお)さんは大人数を前に「目もくらむ思い」だと登壇。同人活動で漫画批評をするうち、こう思ったのがコミケ創設のきっかけだったという。
「同人誌を作るにしても、こういうものがあることを日本中の人に知ってもらわないといけない。流通、交流の場が必要だ」
回を追うごとに「倍々ゲームのように」参加者が増えていった中で、サークルに立ち売りを提案したこともあったというから驚きだ。初期の資料やスタッフの写真が紹介されると、原田さんは懐かしみつつ訴えた。
「最初に始めたスタッフ全員が力を合わせた。彼ら一人一人が初代代表です」
◆「僕の考える最強のコミケ」にしていってほしい
現在、コミケを運営する「コミックマーケット準備会」からは共同代表の安田かほるさん、筆谷芳行さん、市川孝一さんと、広報の里見直紀さんが参加した。
当初は会場を借りるたびに「人が多すぎる」とクレームを受けたと振り返った安田さん。次々と会場を変えていく「ヤドカリ生活」に、「遅かれ早かれ、このイベントはなくなるな」と思っていたというが…。
「いろんなところから手を差し伸べてくれる人が現れて、何とか続けられた。この先は若い人たちが『僕の考える最強のコミケ』にしていってくれれば」
◆会場がどこだろうと、同人誌が頒布されればコミケ
商業誌の編集者でもある筆谷さんは、コミケの開催日数が増えて平日にかかってきたことで「当時は趣味で会社を休むことはなかなかできず、つらかった」と述べた。
将来的には、コミケの参加者が減っていく懸念もある。だが市川さんは「規模の大小に限らず、同人誌が頒布されていればコミケ」だとし、前代表の故米沢嘉博さんの言葉を引用した。
「会場が借りられなければ、アパートの一室ででもやればいいんだよ」
◆「同人誌は今や一生の趣味」
今後についての里見さんの発言は腹に落ちた。「同人誌は今や一生の趣味。一般参加者には若い人も多いので、本作りの楽しさを知らせ、サークル参加してもらえれば、この先も続いていけるのでは」
記者もサークル参加して新たな世界を知った。ぜひ多くの人に扉を開いてほしい。
最後は、明治大国際日本学部の森川嘉一郎准教授が締めくくった。
「そのうち、コミケを通じて結婚した夫妻の子どもが親のペンネームを襲名してサークルを継いでいくようになるのでは。盆や年末に開かれるコミケが家族にとっての日本的なイベントになってほしい」



