クジラとのはじまり振り返る 太地町立くじらの博物館館長が日記
クジラとのはじまり振り返る くじらの博物館館長

和歌山県太地町の夏の風物詩「くじらと出会える海水浴場」で活躍した2頭のハナゴンドウが帰ってきました。夏休みの盛況もひと段落し、季節の移り変わりを感じます。筆者にとって、くじらの博物館で過ごした20回目の夏でした。

名誉館長の家族との出会い

令和4年4月、筆者が博物館の館長になってまもなく、前名誉館長である故・大隅清治先生のご家族に来町いただく機会がありました。奥さまの正子先生は、電子顕微鏡学を専門とする日本女子大学名誉教授。娘の典子先生は神経生物学が専門で、当時は東北大学大学院医学系研究科教授で、副学長でもありました。

清治先生は、水産庁遠洋水産研究所や日本鯨類研究所の所長を歴任し、鯨類の生物学や資源評価に多くの業績を残した鯨類学の権威でした。博物館初代学芸員の故・西脇昌治先生に学び、現在の名誉館長、加藤秀弘先生の恩師でもあります。

「海のサファリパーク」構想

清治先生は、野生のクジラの研究だけでなく、かねてよりクジラを海の自然環境の中で飼う「放し飼い」にも注目し、「海のサファリパーク」という構想も論じていました。それから数十年がたち、現在の「森浦湾くじらの海」の姿は、清治先生の思い描いた構想と多くの部分で重なっているでしょう。

博物館開館50周年に発刊した記念写真集で、清治先生は「三軒一高町長の描く高い理想の下で、館の周辺部の施設をこれまでに大きく変貌させつつあります。『森浦湾くじらの海』構想の展開は、博物館としての活動をさらに拡大しています」と記し、実現に期待を寄せました。

過去の経験がつながる

こういった縁でお迎えした正子先生と典子先生との接点を光栄に思う一方、緊張し口を開くのも恥ずかしく感じていました。ところが、先生方は筆者のこれまでの道のりについて耳を傾けてくださり、典子先生からは「点と点がつながったのですね」との言葉をいただきました。

この時、「過去の経験が、人生のどこかでつながって実を結ぶ」という米IT大手アップルの創業者であるスティーブ・ジョブズの言葉が浮かびました。今まで意識したことはありませんでしたが、典子先生の言葉によって、筆者のささいな経験の一つ一つが、人生の中で意味づけられたようで、心の支えになったのを覚えています。

これまでの「くじら日記」では、クジラとの出来事やその魅力、飼育員の奮闘などに触れてきましたが、そこにつながる筆者自身のこと、「なぜクジラの世界に入り、太地へたどり着いたのか」は、ほとんど書いてきませんでした。そのはじまりを振り返りたいと思います。約20年前まで時計を戻してみます。