96歳の大道芸人ギリヤーク尼ケ崎、病と闘いながら金沢で公演、百歳目指す
96歳大道芸人ギリヤーク尼ケ崎、金沢公演、百歳目指す

胸にペースメーカーを入れ、パーキンソン病や脊柱管狭窄症など多くの病を抱えながらも、今も踊り続ける「伝説の大道芸人」ギリヤーク尼ケ崎(96)。8月末、金沢で今年2回目の公演を行い、約500人の観客を前に「魂の踊り」を披露した。

長髪を束ね、白塗りに化粧したギリヤークは車いすに乗って登場。カセットテープから流れる津軽三味線の音楽に合わせ、「弦のない三味線」を一心不乱に鳴らした。「ギリヤーク、日本一!」という歓声とともに投げ銭が飛び交った。

路上から始まった大道芸人人生

ギリヤーク尼ケ崎(本名・尼ケ崎勝見)は北海道函館市出身。映画俳優を夢見て20代で上京したが挫折し、舞踊の世界にのめり込むようになった。「街角を舞台にしようか。路上ならタダで踊れる。投げ銭を稼げるかもしれない」と、創作舞踊の大道芸人としてデビューしたのは昭和43(1968)年、38歳の時だ。

最初のころは東京・銀座や渋谷ハチ公前などで踊った。無許可の公演のため警察官に事情を聴かれることもしばしばで、暴力団に投げ銭をかすめとられることもあった。

「祈りの踊り」と病との闘い

ギリヤークは母親や弟の支えもあり、大道芸人という職業にとりつかれ、国内のほかパリやモスクワなど海外の街頭で踊り続ける。平成8年には1回の公演で78万円を稼ぐこともあったが、家賃と食費、衣装代以外はすべて遠征費に充て、わずかに残った預金は自身の記録映画製作につぎ込んだ。

阪神大震災の1カ月後、神戸で供養のため踊った際、がれきの中で無心になって踊る中、自分の踊りの本質は「祈りの踊り」だと感じたという。以後、米中枢同時テロのニューヨーク、東日本大震災・能登半島地震の被災地でも「鎮魂の舞」をささげてきている。

病身に寄る年波で、今年6月には自宅で転倒し骨折、入院した。「もうこれで自分の役目は終わった…」と弱音を吐いたこともあった。

百歳公演に向けて

しかし金沢公演を無事終えたいま、再び意欲がみなぎる。「世界に羽ばたいていく芸人になりたい」。ギリヤークは4年後の百歳公演を目指す。

10月10日(土)午後2時から、新宿三井ビルディング(東京都新宿区西新宿2-1-1)の「55HIROBA」で、今年最後の公演を行う。入場無料、投げ銭歓迎。小雨決行(雨天時は12日。ギリヤークさんのフェイスブックで確認を)。