能登の「やさしさ」の源流を探る 歴史と信仰が育んだ助け合いの精神
能登の「やさしさ」の源流 歴史と信仰が育んだ精神

能登の「やさしさ」が育まれた歴史的・文化的背景

2024年元日に発生した能登半島地震から2年が経過した。復興の道半ばにある能登を繰り返し取材する中で、この土地に根付いた豊かな文化と伝統の魅力に改めて気付かされる機会が多かった。能登の風土を端的に表現する「能登はやさしや土までも」という言葉を手がかりに、歴史と信仰が息づく名所旧跡を巡り、その精神性の源流を探った。

古今の旅人を魅了した風土と「やさしさ」の記録

石川県中能登町に位置する石動山(標高565メートル)は、古来より北陸地方において神々が鎮座する聖地として崇敬されてきた。11月中旬、ボランティア団体「能登國石動山を護る会」の山本一信会長(71)の案内で山頂を望む場所に立つと、山の恵みを受ける能登半島の海岸線が広がっていた。山本会長は「この山から流れ出る水は農業用水として活用され、漁師たちにとっては海上からの目印としても重宝されてきました」と説明する。

未曽有の災害においても人々が助け合い、救援に訪れたボランティアたちにも温かく接する能登の人々の姿勢は、地震後に改めて注目を集めた。この「やさしさ」を象徴する「能登はやさしや土までも」という言葉が文献上に初めて登場するのは、1696年に加賀藩士の浅加久敬が記した旅日記「三日月の日記」である。石動山の難所「しゃくし峠」で疲労を見せた久敬に対して、案内役の「馬子」が笑顔で対応した様子が記されており、そこに「杵歌にも、能登はやさしやつちまでもとうたふも、これならんとおかし」と綴られている。杵歌とは労働歌の一種であり、この言葉が江戸時代から親しまれていた歌に含まれていたことが窺える。久敬はその後、能登の別の地域を訪れた際にも餅と酒を振る舞われ、同様の感想を日記に残している。

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海外の旅人も魅了した能登の魅力と「幸福」の実感

能登の魅力は海外の旅人をも虜にした。1889年に訪れた米国人天文学者のパーシバル・ローエルは、著書「NOTO」の中で能登訪問の動機を「一目惚れ」と記している。地名の語感と「うら若い乙女が大海原に魅せられている姿」と形容した半島の形状に惹かれたという。七尾市を通る能登街道を人力車で散策し、活気に満ちた町の様子を見て、日本人を「地球上でも最も幸福な民族の一つ」と確信したと述べている。

ローエルの影響を受けた作家の小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)も、日本人の「幸福」に対する関心を抱き続けた。ギリシャ生まれで米国でジャーナリストとして活躍後来日したハーンは、能登を直接訪れた記録はないものの、その精神性に共鳴していたと考えられる。

「異人歓待」の伝承と「まれびと」信仰の根底

能登の風土の根源を探るため、金沢市の民俗学者・小林忠雄さん(80)を訪ねた。小林さんは「『異人歓待』の伝承の多さは能登半島の特徴と言えます」と指摘する。例えば、麻糸を原料とする「能登上布」は、崇神天皇の皇女が中能登地方で機織りを教えたことが起源と伝えられている。奥まった半島という地理的条件から、外部からの人々の知恵によって様々な恩恵がもたらされるという考え方が背景にある。

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さらに小林さんは「長い海岸線に様々なものが漂着することから、神が桃の木の小舟や酒樽など多彩な乗り物で漂着したという伝承も多く残っています」と説明する。能登と縁の深い民俗学者の折口信夫も、異界から来訪し村人に幸福や豊かさをもたらす神々「まれびと」の存在を指摘している。この異界の神々を歓迎する信仰は、豊かな祭りへと発展した。輪島市の「御陣乗太鼓」や能登町の「あばれ祭」など、太鼓を勇壮に響かせる祭りが目立ち、格式や厳粛さにとらわれない自由で人間味あふれた神様を祀る特徴がある。

「土徳」の思想と助け合いの精神の源泉

能登の特徴は「土徳」という言葉でも説明される。宗教哲学者の柳宗悦が、自然と先祖に感謝する越中(富山県)の風土を説明したとされるこの言葉を、石川県珠洲市の西勝寺住職だった西山郷史さんは「能登はやさしや土までも」にも通じる考えとして紹介した。西山さんは2022年に75歳で逝去したが、その薫陶を受けた後進らが昨年「能登と越中の土徳」を刊行している。

富山県南砺市の大福寺住職・太田浩史さん(70)は「越中も能登も、土地に感謝し、生かされているという思いから、人々が助け合う風土が生まれたのでしょう」と語る。大地震の際にも支え合う能登の人々の精神的強さの源泉に、「土徳」の力を重ねている。

復興に向けた「新しい祈り」の模索

豊かな大地に根差した精神的風土から、輪島塗など比類ない文化を生み出した能登は、高度成長期で失われた「日本の原風景」を求める観光客を引きつけてきた。しかし、過疎高齢化に加え地震の影響も重なり、信仰の象徴である行事や祭りの継続が困難になっているものもある。

そんな中、能登に息づく信仰の力を見つめ直す取り組みも進んでいる。羽咋市歴史民俗資料館で開催された「能登復興の祈り」展では、宗教・宗派を超えた6寺社の至宝が公開された。気多大社の三井孝秀宮司(64)の呼びかけにより、正覚院、妙成寺、総持寺祖院、須須神社、尾山神社が参加した。

これらの寺社で構成される一般社団法人「能登国指定文化財保護活用連携機構」は、能登の80以上にのぼる国指定文化財の保護・活用を通じて、地域の魅力発信を担う意向だ。三井宮司は「気持ちが落ち込んでいる時こそ、能登の歴史や信仰の価値を伝える必要がある」と強調する。「新しい祈り」の形を模索し、復興へとつなげていく決意が示されている。