白鶴酒造「二号蔵」が幕、戦後復興の象徴から新たな歴史へ
白鶴酒造「二号蔵」閉鎖、戦後復興の象徴が役目終える

戦後復興の象徴「二号蔵」が歴史に幕、白鶴酒造で新たな時代へ

国内有数の酒処として知られる灘五郷の大手酒造会社、白鶴酒造(神戸市東灘区)において、戦後の復興期から稼働を続けてきた工場「本店二号蔵」が、今月末をもってその役目を終える。この蔵は、冬場に職人が住み込みで吟醸酒などを製造し、伝統の味を守り抜いてきたが、老朽化に伴い取り壊しが決まった。阪神大震災を乗り越え、ブランドを支えてきた工場の閉鎖に、関係者からは惜しむ声が上がっている。

戦後復興の象徴として設置、最大規模の生産能力を誇る

二号蔵は1952年に設置され、灘五郷で最大規模の生産能力(年間1800キロ・リットル)を誇る酒造蔵として知られてきた。戦時中の空襲で酒造蔵の9割が焼失した白鶴酒造にとって、この蔵は復興の象徴でもあった。空調設備がなく、全国各地から訪れた職人らが冬場に住み込みで吟醸酒や純米酒を造る「季節蔵」として機能し、地上6階建ての構造で、エレベーターで白米を最上階に上げ、洗米から蒸米、製麹と階を下りるごとに工程を進め、1階で酒を貯蔵するという伝統的な製法が守られてきた。

阪神大震災を乗り越え、地域の酒造りを支える

1995年1月の阪神大震災では、計約200基あった酒造タンクの3割が破損する大きな被害を受けた。しかし、当時入社3年目だった岡本隆志工場長(57)らが復旧作業を進め、同年10月には仕込みを再開。被害が大きかった周辺の酒造会社にも蔵を貸し出し、灘五郷全体の酒造りを支える役割を果たした。二号蔵で造られた日本酒は、2021年から5年連続で全国新酒鑑評会の金賞を受賞するなど、高い品質を維持してきた。

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老朽化と人手不足で閉鎖決定、新たな蔵へ歴史を受け継ぐ

しかし、職人の高齢化や人手不足により冬場の酒造りが困難となり、建物も現在の耐震基準を満たしていないことから、白鶴酒造は昨夏、後継蔵の建設に着手した。新蔵は鉄筋コンクリート造り2階建てで、二号蔵で積み上げたデータを駆使した醸造管理方法を導入。空調設備を整備し、社員のみで通年製造できる仕組みを整える計画で、今年12月に稼働を始める予定だ。

二号蔵での酒造りは今月末に終わる見通しで、岡本工場長は「伝統の味を脈々と受け継いできた蔵での酒造りが終わるのは寂しい」と惜しむ。一方、執行役員生産本部長の水谷仁さん(56)は「二号蔵は役目を終えるが、積み重ねられた歴史と思いは途絶えることなく、新しい蔵へと受け継がれていく」と話し、新たな時代への期待を込めた。

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