愛知県犬山市にある犬山城は、木曽川沿いの小高い山の上に位置し、三方を断崖に囲まれた天然の要害である。この城は「守りの城」として知られるが、その防御構造の核心部分である「大手道」は戦後にコンクリートで舗装され、本来の姿を失っている。市は2029~30年度に数千万円を投じて発掘調査を実施し、城の防御機能の実態を明らかにする方針だ。
大手道の歴史と役割
江戸時代の絵図によると、犬山城の大手道は松ノ丸を経由して本丸まで弧を描くように続いていた。城は「連続外枡形」と呼ばれる形状で、防御を担う曲輪同士が石垣や土塀で区切られ、独立していた。この構造により、敵は大手道を通りながら一つずつ曲輪を攻め落とす必要があった。さらに、本丸に至る五つの門の先はL字やI字になっており、周囲のやぐらや曲輪から弓や鉄砲で攻撃を受ける仕組みだった。
戦後の変遷
市によると、1960年代初めに撮影された写真では大手道は土がむき出しの状態だった。その後、舗装され、一部がなだらかなカーブに改変されたとみられるが、当時の記録は残っていない。このため、本来の防御構造を解明するには発掘調査が不可欠となっている。
これまでの調査と今後の計画
市は平成に入ってから本格的に城の発掘調査に着手した。国史跡指定を目指し、2009~11年度には城があったとされる山一帯を調査し、堀や土塁の位置・範囲を確認。21年度からは天守の南約400メートルにある大手門周辺を調査し、26年度から3年かけて「大手門枡形跡」として史跡整備する予定だ。
大手道の発掘は、城郭内の構造物としては初の本格調査となる。対象範囲は約200メートル。市の担当者は「犬山城というと天守が城と思われがちですが、天守に向かうための防衛の要である大手道を解明し、守りの城という特徴を発信するきっかけにしたい」と述べている。



