華やかに見える起業家の世界も、実際には資金繰りや事業不振に悩み、弱音を吐けずに心を壊してしまうケースが少なくない。そうした現状を受け、新興企業に投資するベンチャーキャピタル「ANOBAKA」(東京都港区)の原佑理子さん(42)は、投資先の起業家を支援するメンタルケア事業「ANOケア」を立ち上げた。背景には、「事業の成長と経営者の心の健康は切り離せない」という強い問題意識がある。
起業家の心の健康を守る重要性
出資を断られ続け、事業が思うように進まない。次の手を模索しながら、自身と従業員の生活を背負う。起業家の日常は重圧の連続だ。原さんは「私生活とのバランスを保ちながら、長距離を走り続ける力が求められる」と指摘する。同社の投資先200社超の中には、心の不調で連絡が取れなくなったり、事業が停滞したりする例もあったという。
原さん自身も2020年に食料品の早朝宅配事業を起業した経験を持つ。当時は4歳の双子を育て、2022年には第3子を出産。経営と育児に追われる中で、「すべてを完璧にこなすのは不可能だ。心身ともに整っていなければ、意思決定を誤り、家庭にも悪影響を及ぼす」と痛感した。定期的にカウンセリングを受け、自分の気持ちを言葉にする時間を設けることで、精神的な整理ができたという。この経験から、起業という厳しい挑戦には心のケアが欠かせないと確信した。
投資先の実態調査で浮かび上がった課題
事業を畳んだ後、原さんは昨年4月にANOBAKAに入社し、投資先の経営支援を担当。投資先への調査では、78.7%が「精神的に厳しい時期があった」と回答した。しかし、外部のケアを受けた起業家は19.1%にとどまった。利害関係のない相手と話す機会がない、自発的に助けを求められないといった課題が浮き彫りになった。
アンケートでは、資金調達や事業進捗の不振、従業員の離職などの悩みが多く挙がった。ケア導入については、「孤独を感じる時があり、吐き出せる場があるのは良い」と好意的な声が寄せられた。原さんは「社長は自分の感情や弱さを吐露する機会が少ない」と話し、悩みが解決しなくても、話すことで心の不調を防げると強調する。
ANOケアの仕組みと課題
ANOケアでは、外部カウンセラーと提携し、起業家自身がカウンセリングを申し込む方式を採用。3回まで無料で相談でき、同社は誰がどのような内容で相談したかを把握しない。これは、起業家の不安や投資家の懸念を招かないための配慮だ。しかし、昨年6月の開始以降、利用は6件にとどまっている。原さんは「根性で乗り切ろうとする人がまだ多い」と見ている。
挑戦する人がつぶれにくい環境を目指して
「起業は華やかに見えるが、実態は地味で泥臭い。8~9割がうまくいかない世界だ。それでも挑戦する人がつぶれにくい環境にしてこそ、新しい産業が育ち、社会が活性化する」と原さんは語る。結婚や子育てと向き合う世代の起業家も多く、家族との時間を大切にしながら事業に打ち込める環境づくりが欠かせない。「長い道のりの完走を根性だけに頼らず、必要な支援を利用して自分を守ってほしい」と訴えている。



