ハンガリー刺しゅう作家が京都で和装に母国の伝統を融合、斬新な作品を生み出す
京都市中京区の築100年以上の町家で、色とりどりの綿糸を手に静かに針を進める人々の姿があります。その中心にいるのは、流暢な関西弁を話すハンガリー人刺しゅう作家、アンドレア・ポールさん(31)です。彼女は「なんぼ間違ってもオッケー。私が後で茶々入れます」と笑いを交えながら、日本の着物に母国伝統の刺しゅうを「融合」させる講義を日本人参加者に指導しています。
日本への興味は高校時代の三味線の音色から
アンドレアさんは1994年、ハンガリーの首都ブダペストで音楽に親しむ両親の元に生まれました。日本への興味の原点は、高校時代に動画投稿サイトで偶然聴いた三味線などの音色でした。当時、木管楽器のファゴットを習っていた彼女は、クラシック音楽とは異なるその音色に強い関心を抱きます。ハンガリー語での情報が限られていたため、日本語の勉強を開始。着物をはじめとする日本文化への興味が強まり、日本で働いてみたいという思いが募っていきました。
2016年に留学で来日し、群馬県や京都市内の大学・大学院で学びました。修了後は静岡県の企業に就職しましたが、学生時代を過ごした京都の居心地の良さが忘れられず、在宅ワークが可能なIT企業に転職して京都に移り住みました。
コロナ禍で母国とのつながりを求めて刺しゅうに没頭
転機はコロナ禍の2020年に訪れました。ハンガリーに帰国できない状況でホームシックのような状態になったアンドレアさんは、母国とのつながりを求めて、妹からオンラインで「ハンガリー刺しゅう」を教わり、のめり込みました。これは服や枕カバー、テーブルクロスなどに施す伝統的な技法で、赤や黄、緑などのカラフルな木綿の糸を使って、花やパプリカ、麦、ブドウなどのモチーフや、レースのような模様を描きます。
この頃、東京五輪・パラリンピックに向けた「KIMONOプロジェクト」で、ハンガリー国旗をベースに歴史的建造物の柄が描かれた振り袖を見て衝撃を受けました。「組み合わせが前代未聞。こういうのありなんや」と感じ、母国を誇りに思うと同時に、異なる伝統を組み合わせて新しいものを生み出す可能性に気付いたのです。
着物とハンガリー刺しゅうの融合ビジネスを開始
安価な古着の着物をネットで購入し、母国から本を入手して技術を磨いたアンドレアさんは、2025年5月から仕事と両立しながら、着物や半襟、羽織、帯などの和装小物に刺しゅうを施すビジネスを開始しました。木綿の糸で描かれた花などのモチーフからは西洋の趣が漂い、和の文化と見事に混合・融合しています。
彼女は「日本には緻密で繊細な美しさ、ハンガリーには花や農作物など身近なものをモチーフとする大胆な魅力があります。伝統文化が衰退する中、両方を組み合わせて斬新さを生み出し、人々の目にとまるようになれば」と考えています。
ワークショップは想定を上回る人気、参加者100人超も
2025年9月には、時間制で手工芸を楽しめるクラフト施設「有閑堂」(中京区)でワークショップを開始。店主の中武直美さん(43)は「アンドレアさんの着物の着方や風習への探究心がすごい。何かを作り上げる面白さ、異文化を感じられるのはここだけ」と太鼓判を押します。
当初は「ハンガリーなんて知らんやろ」と興味を持ってもらえないかと心配していましたが、SNSでの反響もあり、想定を上回る100人以上の参加者が集まることも。参加者からは「アンディさん」と親しまれるようになり、特別な機会に作品を身につけてくれることが大きな励みになっています。
両国の大使館での作品展示を目標に、文化の橋渡しを目指す
アンドレアさんの目標は技術を高め、ハンガリーと日本それぞれの大使館で作品を展示することです。両国の橋渡しにつながればとの思いがあり、かつてはコロナ禍に母国への郷愁に駆られましたが、今は日本に骨をうずめる覚悟があると言います。自らの思索の中で生きがいとなるものが京都にあると気付いたからです。
「いつか人間国宝にもなれたらな」と語るアンドレアさん。刺しゅうとともに、その笑顔が輝いています。彼女の活動は、伝統文化の新たな可能性を示すとともに、国際的な文化交流のモデルケースとして注目を集めています。



