長崎・南山手地区の在住洋館、住民が守る異国情緒と歴史的町並みの未来
幕末から明治にかけての洋風住宅が数多く残る長崎市の南山手地区。異国情緒あふれるこの地区の風景を守り続けてきたのが、住民でつくる「南山手地区町並み保存会」です。市が民間事業者による洋館の活用を検討する中、会長の高木久人さん(65)に、地区の課題と展望について詳しく聞きました。
在住洋館の希少性と現状
高木さんは、南山手地区の特徴について次のように語ります。「外国人向けの教会や領事館、住宅が集まった『外国人居留地』は、長崎と同じ開港地である横浜や神戸にもありました。しかし、南山手のように当時の住宅に人が住み続けている『在住洋館』は全国的にも非常に珍しいのです」と指摘します。
現在、南山手と東山手の両地区で現存する在住洋館は10軒ほどに限られています。1960年代までは多くの在住洋館が存在していましたが、文化財指定に向けた調査が始まった1975年頃から、指定を受けると改修や建て替えが難しくなるとして、ほとんどが新しい家に変わってしまいました。わずかに残った在住洋館も、所有者が亡くなり取り壊されるなどして、その数は減少の一途をたどっています。
高木さん自身の自宅も在住洋館で、約160年前に建設されました。祖父が仕事で取引のあった外国人から購入したもので、外観はほぼ当時のままで、内部はリフォームを施しています。住み心地については、「子どもの頃は畳の和室や鉄筋コンクリート造りのアパートにあこがれました。天井が高いため冷暖房が利きにくかったり、生活空間が本館と別館に分かれていたりと不便さはあります。それでも生まれ育った家なので愛着があります」と語ります。
保存活動の課題と取り組み
洋館を維持していくうえでの課題として、高木さんは費用面と後継者問題を挙げます。「文化財としての価値を守るため、10年に1度は外壁や雨どいの修復が必要です。行政からの支援はあるものの、費用の一部は住民が支払っており負担は大きいです。また、後継者のいない所有者もいるので、住民のいなくなった洋館をどのように保存していくかも大きな課題です」と説明します。
南山手地区町並み保存会は、1991年に南山手地区が「重要伝統的建造物群保存地区」に選ばれたのをきっかけに、1992年に発足しました。約40人の会員が、景観を維持するための清掃活動を行ったり、居留地に足を運んでもらうきっかけにしようと雑貨市などのイベントを開催したりしています。さらに、小中学生の見学を受け入れて、洋館の歴史を学んでもらうなど、次世代を見据えた活動にも力を入れています。
民間活用とのバランスと未来展望
長崎市は、所有する10件の洋館について民間事業者による活用を検討しています。これについて高木さんは、「1898年に建てられた洋館を改修したホテルが2024年に開業し、地区を訪れる観光客が一気に増えました。オーバーツーリズムなどの懸念もありますが、民間との連携は必要です。文化財の保護を大前提に、居留地が築いてきた独自の文化を伝える歴史的意義のある町並みを守っていきたい」と述べ、慎重ながらも前向きな姿勢を示しています。
高木さんは長崎市出身で、約40年間、同市の小中学校で教員を務めました。2012年に南山手地区町並み保存会の会長に就任し、同会の公式サイトでは、居留地の歴史や、地区で暮らした外国人居住者にまつわる逸話を紹介するコラムを月に1回掲載しています。軽妙な筆致で、連載回数は50回を超え、地域の歴史を広く伝える役割も果たしています。
南山手地区は、幕末から明治の激動期を生き抜いた洋風住宅が今も息づく、貴重な歴史的空間です。住民たちの努力によって守られてきたこの町並みが、民間活用との調和を図りながら、未来へと継承されていくことが期待されます。



