三重・尾鷲の「曽根石」調査報告会 江戸時代の御用石の歴史と採石手法を解明
尾鷲「曽根石」調査報告会 江戸御用石の歴史を解明

三重・尾鷲の「曽根石」調査報告会が開催 江戸時代の御用石の歴史をひもとく

三重県尾鷲市の「曽根石」について、調査報告会が同市曽根コミュニティーセンターで開催されました。この報告会では、県や市の学芸員らで構成される任意団体「くまいし会」のメンバーが、採石の歴史や手法、御用石として使われた実態などを詳細に説明しました。

曽根石とは何か? その特徴と歴史的背景

曽根石は、尾鷲市曽根町周辺の地質である熊野酸性火成岩に分類される石材です。古くから硬く良質な特性で知られ、各地に運ばれて利用されてきました。特に江戸時代前期からは、紀州藩の御用石として重宝され、1658年の江戸城修繕の際には紀州藩が幕府へ進上するなど、重要な役割を果たしました。しかし、これまで詳しい調査はほとんど行われておらず、その全容は謎に包まれていました。

調査の開始と石切り場の発見

県や市の学芸員らは2022年、くまいし会を結成し、本格的な調査を開始しました。その結果、曽根町周辺で10か所以上の石切り場を確認し、詳細な調査を実施しました。このうちの1か所である「小杉C石切場跡」は、昨年5月に市の文化財に指定され、その歴史的価値が認められています。

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報告会の様子と住民の反応

報告会には地元住民ら約50人が出席し、熱心に耳を傾けました。会員であり県教育委員会の伊藤裕偉さんは、写真などを交えて調査結果を報告しました。特に、石を割るためのくさびを打ち込む矢穴の形から、作業が行われた年代を推定できる点を強調し、参加者の関心を集めました。

小杉C石切場跡の貴重な発見

「小杉C石切場跡」では、曽根石を切り出し、四角く成形した石材がそのまま残されています。また、石材を運び出すための道や作業するための広場も確認でき、採掘から搬出までの具体的な様子をうかがい知ることができます。伊藤さんは「なぜ石材が残されたままになったのかは不明だが、極めて貴重な遺跡と評価できる」と述べ、その重要性を指摘しました。

御用石としての使用実態の解明

同じく会員で、市学芸員の脇田大輔さんは、紀州藩とゆかりのある紀州東照宮(和歌山市)や御香宮神社(京都市伏見区)の鳥居に、曽根石が使われていることを報告しました。根拠となる文献を紹介し、御用石としての広範な使用実態を明らかにしました。

今後の展開と地元へのメッセージ

報告会の最後に、伊藤さんは参加した住民らに向けて「時代の変遷を体感できる遺跡が地元にあることを誇りに思ってほしい」と締めくくり、地域の歴史的資産の重要性を訴えました。また、尾鷲市は3月20日午前10時から同11時半に「小杉C石切場跡」の現地見学会を開催し、参加者を募集しています。参加費は500円で、問い合わせや申し込みは市立中央公民館(0597・23・8293)までとなっています。

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