硫黄島「楽園」への帰還願い 戦闘終結81年、元島民ら墓参拡充を要望
硫黄島帰還願い81年 元島民が墓参拡充を要望 (27.03.2026)

硫黄島「楽園」への帰還願い 戦闘終結81年、元島民ら墓参拡充を要望

太平洋戦争の激戦地として知られる硫黄島(東京都小笠原村)では、組織的な戦闘が終結してから81年が経過した。かつて温暖な気候と豊かな果実に恵まれ、「南の楽園」と称えられたこの島は、戦争により島民が強制疎開を余儀なくされ、土地や財産を失った。戦後も長らく「帰れない故郷」として立ち入りが制限されてきたが、元島民やその子孫たちは、帰島実現への第一歩として墓参の拡充を強く求めている。

島民の会が新体制で活動強化 火山活動で中断の墓参再開へ

今月7日、東京都港区で「全国硫黄島島民の会」の役員会が開催された。この会は、戦後全国各地に散らばった島民の親睦を深めるために設立された組織である。元島民や2世、3世など約20人が出席し、8年前に「島民3世の会」を結成し、島民の証言集制作を進めてきた西村怜馬さん(44)が、4月から新会長に就任することが決定した。

硫黄島では昨年秋から火山活動が活発化し、島民の墓参が中止されているが、西村さんは「東京都や小笠原村などと緊密に協力し、今後は墓参の期間や回数を増やしていきたい」と強調した。この取り組みは、島への帰還を目指す運動の重要な一環として位置づけられている。

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帰島促進協議会が一時滞在プログラムを提案

島民の帰島を目指す一般社団法人「硫黄島帰島促進協議会」の会長を務める麻生憲司さん(62)は、島民2世としての立場から、具体的な提案を行っている。麻生さんは「自衛隊の協力会社員は長期で駐在している実績がある。2世や3世の島民、さらには一般民間人が約2~3か月間滞在し、戦跡や平和について学べるプログラムを整備してほしい」と訴える。これにより、島の歴史を継承しつつ、将来的な観光地化への道筋も探ることが期待されている。

専門家が政府の責任を指摘 環境整備の必要性を強調

明治学院大学の石原俊教授(歴史社会学)は、国による強制疎開から80年以上が経過した今も、島民が多大な苦労を強いられている現状を指摘する。石原教授は「政府は責任を持って、元島民らがもっと自由に一時帰島できる環境整備を進めるべきだ」と述べ、政策的な支援の必要性を強調した。この意見は、島民の願いを後押しする学術的な根拠として注目されている。

元島民が語る「平和な楽園」の記憶

「毎日、本土から届いた白米を食べていた。貧乏になったのは、戦後のことだ」。硫黄島で生まれ育った斎藤信治さん(90)(福島県大玉村)は、島が「平和な楽園」だった時代を鮮明に記憶する貴重な生き証人の一人である。斎藤さんによれば、庭にはパパイアやオレンジが実り、パイナップルやグアバが日常のおやつとして楽しめたという。

斎藤さんは1936年、8人きょうだいの次男として生まれた。宮城県出身の祖父が明治時代に開拓民として入植し、父親は8.5ヘクタールの農地でサトウキビなどを栽培していた。しかし、日本の戦局が悪化した1944年、米軍の攻撃を恐れた政府により、島民は手荷物わずかで本土へ強制疎開させられた。父親は軍属として島に残ったが、その年の冬に右手を負傷し、静岡県の病院に転院したため、九死に一生を得た。

一家は東京で大空襲を経験した後、戦後の1946年に栃木県那須高原に開拓民として移住。小学生だった斎藤さんも雑木林を伐採し、くわで木の根を掘り返す過酷な開墾作業に従事した。ランプでの暮らしと雪の降る土地は、南の島育ちにとって耐え難い寒さだった。苦しい時には、いつも暖かく豊かだった島の暮らしを思い出し、心の支えとした。

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斎藤さんが中学を卒業して家具店に就職する際、一家は開拓を断念し栃木を離れた。その後も苦しい生活が続いたが、斎藤さんは独立して家具・内装業を営み、生計を立ててきた。今でも子ども時代の思い出を胸に、硫黄島が「いつでも訪れられ、観光客も来るような南洋のリゾート地になってほしい」と期待を寄せている。

島の文化的・スポーツ活動の記憶

戦前の硫黄島では、文化的な活動も活発に行われていた。大正尋常小学校と高等小学校では多くの生徒が学び、地域の教育を支えていた。また、スポーツが盛んで、野球チームがいくつも組織され、頻繁に交流戦が行われていた。これらの活動は、島民の絆を深め、豊かなコミュニティを形成する一助となっていた。

現在、硫黄島は自衛隊員らが駐留するが、一般の立ち入りは厳しく制限され、居住はできない。元島民やその子孫たちは、墓参の拡充を起点に、島への一時帰還や平和学習の機会を拡大することを求めている。戦後81年を経て、故郷への思いはますます強くなっている。