60年ぶりの神幸祭が千葉・多古町で開催 伝統を未来へつなぐ
千葉県多古町東松崎の松崎神社で3月8日、60年に一度の祭り「神幸祭」が開催されました。この祭りは1606年に始まり、今回で8回目を迎えます。担い手不足や資金難により一時は存続が危ぶまれましたが、町民らは5年前から準備を進め、規模を縮小しながらも伝統ある祭りを守りつなぎました。
感動的な祭りの始まりと神輿の練り歩き
午前8時、数百人の見物客で埋め尽くされた松崎神社の境内に、太鼓と篠笛の音が鳴り響き、祭りの開始を告げました。神社の本殿では祝詞奏上や玉串奉奠が執り行われ、その後、神輿を担いだ町民らが境内を出発。「えっさ、ほいさ」とかけ声を上げながら、神社から約300メートルの道を練り歩きました。
1966年に開催された前回の祭りに神輿の担ぎ手として参加した平野禎一さん(79)は、「まさかもう一度祭りが見られるとは思わず、涙が出るほど感動した。60年前に負けない盛り上がりだ」と晴れやかな表情を浮かべました。
苦境を乗り越えた準備と地域の協力
松崎神社は772年に創建され、平安時代には坂上田村麻呂、江戸時代には徳川光圀などが参詣したと伝えられています。神幸祭は五穀豊穣や無病息災を祈願し、干支が丙午の年に行われてきました。
8回目の開催に向け、宮本地区の町民たちは2021年から本格的な準備を開始。しかし、前回の祭りで運営の中心だった世代は既におらず、当時の資料も神輿のルートと日程が書かれた資料1枚と写真だけでした。少子高齢化の影響で、人手と資金の不足も深刻な課題でした。
祭りを存続させようと、町民らは「宮本地区神幸祭保存会」を設立。当時の祭りを知る住民へのインタビューや町史などの文献から神事の内容を調べ、少しずつ準備を進めました。協議の結果、祭りの期間を2日間から1日に短縮。成田市の「北総神輿連合」や香取市の「大角芸能保存会」など、町外の団体の協力を得て、神輿の担ぎ手や和太鼓奏者を補いました。資金難は、住民からの寄付や文化庁の補助金などを活用して乗り切りました。
海での清めの儀式と次世代への継承
神幸祭の本祭は、匝瑳市の野手浜で行われました。松崎神社周辺での神輿担ぎが終わると、参加者らは野手浜に移動し、「お浜降り」を実施。大勢の人が浜で見守る中、担ぎ手たちが神輿を揺らしながら海に入り、海水で神輿を清めました。
お浜降りに参加した匝瑳市の高校3年・伊藤一路さん(18)は、「海の中で神輿を担ぐのは気持ちが良かった。伝統を引き継ぎ、60年後にもう一度参加したい」と笑顔を見せました。
次回の祭りは2086年に予定されています。資料がほとんど残っていなかった反省を踏まえ、今回の祭りは映像として記録し、開催に至るまでの経緯が書かれた資料を残す計画です。実行委員長の飯田良一さん(50)は、「60年後にまた開催できるかは分からないが、この素晴らしい祭りを子どもや孫に話して、60年後まで語り継いでほしい」と語りました。



