埼玉県さいたま市岩槻区に、2020年に開館した「さいたま市岩槻人形博物館」がある。華やかな雛人形や、子どものかわいらしい仕草を表現した人形が展示されており、所蔵数は5千点以上。江戸時代から続く人形作りの歴史をたどることができる日本初の公立人形専門博物館だ。
旧区役所跡地に誕生した博物館
この博物館が建つ場所は、かつて1971年に完成した岩槻市役所があった。2005年にさいたま市と合併した後は岩槻区役所として使用されていたが、老朽化に伴い2012年に移転。跡地の有効活用が長年の課題だった。
地元の商店会連合会長を務める田中泰治さん(71)は「行政の中心だった場所で、周辺の商店は多くの職員や市民でにぎわっていた」と振り返る。しかし、区役所移転後は駅前に人が流れ、旧庁舎周辺では多くの飲食店が閉店するなど、地域の衰退が懸念された。
移転計画と地元の反対
転機は2010年。東武野田線岩槻駅前の再開発ビル「ワッツ」に区役所を移す計画が浮上した。地元の商店会や自治会は元の場所での建て替えを求めて反対したが、方針は変わらなかった。2012年に区役所は移転し、旧庁舎は2014年から取り壊された。
「ワッツからスーパーが撤退し、その穴を埋める必要があった」と田中さん。移転後、懸念通り駅前に人が集中し、旧区役所周辺は寂れた。
博物館建設と地域活性化
自治会などは区役所跡地の有効活用を市に要望。市は観光客を呼び込む拠点として、以前から構想があった人形博物館の建設を決定した。旧岩槻市時代に別の用地を確保していたが、駅からの距離が課題で計画を変更した。
敷地内には「にぎわい交流館いわつき」が併設され、地元特産品の販売や交流スペースを提供。ヨーロッパ野菜を使ったレストランは連日賑わい、週末にはクラフト教室などのイベントが開催される。田中さんは「それなりに人の流れは戻ってきた」と語る。
伝統産業の現状と課題
岩槻は戦後、雛人形や五月人形の産地として栄えた。しかし、機械化による職人の仕事減少、少子化や生活習慣の変化による需要減退で、メーカーの廃業が相次ぐ。2024年度の組合員数は49と、30年前から半減した。
岩槻人形協同組合理事長の曽根良一さん(68)は「博物館が『人形のまち』をPRしてくれ、非常にありがたい」と歓迎する。組合員たちは、伝統技術「木目込み」を活用したワインボックスや帽子など新商品を開発し、魅力発信に努めている。「節句人形は子どもの身代わりとなり、病を背負うという意味がある。子どもを思う親の心と技術を次世代に継ぐ使命がある」と曽根さんは力説する。
未来への展望:地下鉄延伸に期待
さいたま市を構成する旧4市の中で、岩槻は都心へのアクセスが悪く人口が伸び悩む。地元が期待するのは、埼玉高速鉄道(地下鉄7号線)の延伸だ。2041年を目標に、都内の南北線と直結する計画がある。
田中さんは「実現すれば人の流れが大きく変わる」と期待。曽根さんも「残すべきものは残し、変えるべきは変える」と意気込む。伝統を生かした街づくりは、地下鉄延伸という「起爆剤」を心待ちにしながら続く。



